健康情報のメモ

神経可塑性、脳回路の再配線、神経発生

※目次をクリックすると目次の下部にコンテンツが表示されます。
  1. ニューロン新生
  2. グリア細胞とGDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)
  3. 神経可塑性の概要
  4. 臨界期、睡眠との関連
  5. 恋と大規模なニューロンの再編成
  6. 記憶の衰え、認知症
  7. 脳の障害からの回復プロセス
  8. 低強度レーザーによる治癒効果
  9. エドワード・タウブのCI療法
  10. 音楽による効果、トマティスメソッド
  11. PoNS(ポータブル神経調整刺激器)
  12. フェルデンクライスメソッド
  13. 痛みの感覚と神経可塑性

ニューロン新生

・ニューロン新生における運動の効果については下記記事参照。
脳のエネルギー原料、運動の効果の”ニューロン新生、学習と運動による効果”
●神経発生
 
・新しい神経細胞が成長することを神経発生という。
・神経発生が短期記憶をつかさどる海馬で発見された。今では、海馬では毎日数千個の神経細胞が新生されると言われている。
・身体的活動、精神的に刺激を受ける活動、社会的つながりによって、神経細胞が継続的に新生され、新生された細胞や細胞間の接続が長く存続するようになる。
 対照的に、モデル動物の脳では、感情的なストレスや外傷はグルココルチコイドの産生を促し、神経発生を阻害する。
 
※参考資料『ディーパック・チョプラ(2014)スーパーブレイン 保育社』

 

●ニューロンの新生
 
・動物の研究でもヒトの研究でも脳のいくつかの領域で成人期に実際新しいニューロンがつくられることが示されている。
・新しいニューロンが生まれるのは、特に、匂い情報を処理する嗅球や海馬で多い。
・学習していたり、たくさん運動していたりする動物ほど、こうした新しいニューロンは生き残り、脳の回路の中で機能的役割を果たすようになる。
 
※参考資料『サンドラ・アーモット,サム・ワン(2009)最新脳科学で読み解く脳のしくみ 東洋経済新報社』

グリア細胞とGDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)

●グリア細胞
 
・神経が神経伝達物質を放出する際に発生する"ゴミ"を始末する。
・神経を健全に保ち、細胞間のコミュニケーションを促す手助けをする。
・ある程度の情報処理も行っていることを示す研究が増えている。
 
※参考資料『ティモシー・ヴァースタイネン(2016)ゾンビでわかる神経科学 太田出版』

 

●グリア細胞
 
・脳細胞の15%はニューロンだが、残りの85%はグリア細胞。
・以前はグリア細胞はニューロンを取り巻いて支えるだけの、単なる脳の"詰め物"と見なされていた。
・今では、グリア細胞は常に互いに連絡を取り合い、ニューロンともやり取りをして、その電気信号を修正していることが知られている。
・ニューロンに"神経保護"を提供し、脳の配線と再配線を支援している。グリア細胞は脳によって生み出された老廃物を除去することでニューロンを支援する。
・最近の研究による発見では、グリア細胞は睡眠中に、老廃物と蓄積された毒素を、脳の大部分を浸す脳脊髄液を通して放出する特殊な経路を開く、という。
 
●GDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)
 
・グリア細胞によって生成され、肥料のように脳の成長を促す。
・ドーパミンを生成するニューロンの発達と維持を促進することで、脳の神経可塑的な変化に寄与することが見出されている。
・神経系の損傷からの回復を促進する。
・マイケル・ジグモンドらの動物実験で、運動によってGDNFが増大することが示されている。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』

神経可塑性の概要

●4種類の可塑性(ジョーダン・グラフマンの説)
 
①マップの拡大
・日々の活動の結果として脳の境界領域で多く見られる。境界領域では、周辺のニューロンを自領域に引き込もうと競い合っている。
・日々の活動は、この競争にどちらが勝利したかで決まる。たとえば視覚領域と意味領域の境界付近にあるニューロンは、封筒に書かれた宛先を読む郵便局員の場合は言葉の"見た目"を処理するようになり、哲学者であれば言葉の"意味"を処理するようになる。
 
②感覚の再配置
・視覚野で通常の情報入力がなくなると触覚などの感覚から新たに情報を受け取るようになる。
 
③補償のマスカレード、
・ある作業をこなすのに、脳にはいくつかの方法があるという性質を利用したもの。
・方向感覚に優れた人が脳に損傷を受けて空間認識の感覚を失った場合、視覚的な目印を使って場所を移動することが出来る。
 
④鏡映領域の引継ぎ
・片方の半球のある機能が失われると、もう一方の半球の、同じような位置にある場所が、失われた機能をできるだけ引きつごうとして変化する。
 
●マイケル・マーゼニックの研究
 
○脳の可塑性の競争する性質
・サルの手の正中神経(主に手の中央からの感覚を伝える)を切断すると、尺骨神経と橈骨神経(手の両側からの感覚を伝える)からの信号を処理する脳マップの領域が正中神経の脳マップの領域部分を侵食する形で大きくなっていた。
→脳の処理能力を割り振るときには、その貴重な資源をめぐって競争が起こり、"使わなければ失う"という規則にのっとって、脳マップは変化する。
・臨界期を過ぎてからの第二外国語の習得が難しいのは、年齢を重ねるにしたがって母語を使う量が増え、それが脳の言語的マップのスペースを支配していて、その競争に打ち勝つのが難しいからと考える事ができる。
・悪癖をやめるのが難しいのも同様に説明できる。悪癖をやめるために良い習慣を植え付けようと思ってもすでに悪癖が脳マップの支配権を得ていて、その競争に打ち勝つのが困難。
 
○脳マップの形成の特徴
・脳マップのニューロンは、同じ瞬間に活性化したときに強い結びつきを持つようになる。
→サルの二本の指を縫い合わせ、二本の指が同時にしか動かないようにすると、別々だった指の脳マップ領域が一つのマップに融合された。
・別個に発火するニューロンは、別個につながる。
 
○可塑性と注意力
・可塑性が長期に渡って持続するには注意力が欠かせない。実験において、変化が継続するのは、サルがしっかり注意を払っているときだけだった。
→注意を集中しているときに、神経可塑性における長期的な変化がもっとも効率的に生じる。
・注意を払わずに報酬課題を行うと、脳マップは変化したが、この変化は一時的だった。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

 

●神経可塑性
 
・自動車事故や脳卒中などで脳が損傷すると、神経細胞も神経細胞のつながりも失われるが、損傷によって喪失した神経細胞とシナプスは、近隣の神経細胞によって補われ、失われた接続が回復し、傷ついた神経ネットワークが再建された。
 
●脳回路の再配線
 
・脳回路は、思考、記憶、願望、経験によって配線を変える
 
○英国人心理学者 カール・S・ラシュレーの研究
・迷路内で報酬のえさを探し出すようにラットを訓練した後、そのラットの大脳皮質を少しずつ除去していく実験を行った。
・大脳皮質の90%を除去してもラットは以前の学習を記憶しており、迷路内のえさを探し出す事に成功した。
・迷路学習において、ラットは五感に基づいて多種多様なシナプスをたくさん生み出している。脳では多くの異なる部位が相互に作用し、重なり合う感覚が様々に連携している。
・大脳皮質が少しずつ除去されたとき、脳は新たな突起(軸索)を発芽させ、別の感覚を生かすために新しいシナプスを形成し、ごくわずかでも残された手がかりがあれば利用したと考えられる。
 
・新しいことを意図的に学び始めたり、なじみの事に新しい方法で臨んだり(新しい経路で通勤、車の代わりにバスを利用)すれば、脳の再配線が効率よく行われ、脳の力が向上される。
 
※参考資料『ディーパック・チョプラ(2014)スーパーブレイン 保育社』

 

●脳の成長、可塑性の例
 
○音楽家
・音楽家の脳は、複雑な音を聞き分けたり、精密な動きをしたりするのに関わる複数の領域が大きくなっている。これはその人の行った練習量に応じて肥大する。
 
・主たる感覚のどれかを失った人の脳内では、使われなくなった領域のニューロンが他の役割のために働き出す。
 
○目が見えない人は聴覚が鋭い
・目の見えない人の脳をスキャンすると、視覚野と呼ばれる場所が、通常なら視覚情報だけに反応するはずなのに、聴覚的な刺激にも反応している。
 
○耳の聴こえない人は視覚が鋭くなる
・左右の耳で音を感知できなければ、それを補うために、視野の外にあるものを認識する能力が高まる。
・本来は音の刺激を処理すべき聴覚野の一部で、視覚刺激への反応が起きていることが確認された。
 
※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』

 

●アロースミス・スクール校長 Barbara Arrowsmith Young(バーバラ・アロースミス・ヤング)
http://logmi.jp/48167
 
○環境や刺激によって脳は成長する
・アセチルコリンは学ぶのに欠かせない脳内伝達物質だが、難しい空間課題で訓練されたラットは、単純な課題で訓練されたラットよりも、この物質の量が多い。
・脳の訓練や豊かな環境での生活は、動物の場合大脳皮質の重量を5%も増加させ、訓練が直接刺激した領域の重量を9%も増加させる。
・訓練され、刺激されたニューロンは、25%も多くの枝を発達させ、その大きさを増し、ひとつのニューロンあたりのシナプスの数や、その血液供給量を増やす。
・こうした変化は、変化のスピードは遅くなるが、年齢を重ねてからも生じる。
・人の場合にも、死後の解剖により、教育的訓練がニューロンの枝の数を増やすことが証明されている。枝が多くなるとニューロンの間隔が広がり、脳の体積と厚みが増える。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

臨界期、睡眠との関連

○1960年代、デイヴィッド・ヒューベル、トーステン・ウィーゼル
・生まれたばかりの仔猫の脳が正常に発達するには、生後3~8週にかけての臨界期に視覚の刺激を受けなければならない。臨界期の後に視覚の刺激を与えても目からのインプットを処理する脳マップの視覚領域は発達しない。
・臨界期の仔猫の脳は視覚の刺激という経験によって形作られ、可塑的であることが分かった。
・臨界期に片目のまぶたを縫い付けて視覚的な刺激を与えないようにした場合、その片目に対応する視覚領域が発達しなくなるが、その代わりに開いているほうの目からの視覚情報を処理するようになっていた。
 
○脳、神経系の臨界期
・脳のほかの機能に関しても、それが発達するためには環境的な刺激が必要。
・神経系にもそれぞれ異なる臨界期がある。
・言葉の発達の臨界期は、幼年期に始まり、8歳から思春期の頃に終わる。この臨界期が終了すると、第二言語をなまらずに習得するのは難しくなる。臨界期が終わった後に習得した外国語は、脳内の、母語が処理される場所とは別のところで処理される。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

 

●睡眠と脳の可塑的変化(エリック・カンデルの研究)
 
○夢
・脳スキャンで、夢を見ているときには、感情や性的本能、生存本能、攻撃本能などを処理する脳内の部分が非常に活発になっていることが分かった。同時に、感情や本能を抑制する前頭前野は、それほど活発に活動していない。
→夢を見ているときは、本能が表に出てきて、あまり抑制がかからない状態。普段意識にのぼらない衝動を顕在化することができる。
 
○眠りと記憶、可塑的変化
・いくつもの研究から、眠りが学習や記憶を助け、可塑的変化を生じさせることが分かっている。
・ニューロンが健全な大きさに成長するには、REM睡眠が必要。
・感情にまつわる記憶を保持する能力を増したり、海馬がその日の短期記憶を長期記憶にするためには、REM睡眠は重要。
 
○臨界期
・ほとんどの可塑的変化が起こるとされる臨界期において、睡眠がそれを促進することが分かった。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

恋と大規模なニューロンの再編成

●ウォルター・フリーマンの説
 
・いくつかの生物学的事実を集めると、人生においては二つの段階で大がかりなニューロンの再編成があると結論付けられると主張。恋したときと親になりはじめたとき。
・恋に落ちると、オキシトシンが放出され、現存するニューロンの結合を溶かして、その後の大規模な変化が起こるようにする。
・それぞれの人で脳は個性的なので、ほかの人と同じように世界を見たり、同じ事を望んだり、協力したりということは本来難しい。オキシトシンのような神経調整物質が、愛し合うふたりの脳を、可塑性の高まる期間に互いに合うように作り替え、意思や感覚が相手に合うように整えると、考えられる。
 
○神経調整物質、オキシトシン
・神経伝達物質は、ニューロンを興奮させたり、抑制させるために、シナプスに放出される。
・神経調整物質は、シナプスの結合全体の有効性を促進させたり減少させたりして、持続する変化をもたらす。
・オキシトシンは、絆の神経調整物質と呼ばれることもある。恋人同士でが結ばれて、愛を交わすときに分泌される(人間では、性行為でオーガズムを得ているときには男女に分泌される)
・オキシトシンは、学習した行動を消し去ることを可能にしているため、忘却ホルモンとも呼ばれている。
・フリーマンは、オキシトシンが、現存する愛着の根底にあるニューロンの結合を溶かして、新しい愛着が作られるようにすると考えている。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

記憶の衰え、認知症

●老齢期の記憶の衰え
 
○基底核
・アセチルコリンを分泌することで働く。
・アセチルコリンは、脳を"スイッチオン"の状態にして、明瞭な記憶を形成する手助けをする。軽い認知障害がある場合、基底核で作られるアセチルコリンは非常に少ない。
 
※大脳基底核のマイネルト基底核とアセチルコリンとの関連については以下の記事を参照。
脳の概要、分類、各部位の特徴の"大脳基底核"
 
○臨界期の習得
・臨界期は、常に基底核のスイッチが入っているので、苦も無く物事を習得できる。
 
○老齢期に言葉が出てこなくなる原因は?
・可塑的変化に不可欠な脳の注意システムと基底核がだんだんと使われなくなり、萎縮していることにある。萎縮すると、発話が"あいまいな記憶痕跡"になる。あいまいな記憶痕跡を符号化するニューロンは、互いに調和しながらすばやく発火しないので、力強く鋭い信号を送ることができない。
・子ども時代は、毎日が新しいことの連続で、集中して学習しているが、年をとってくるとすでにマスターした技能や能力を使うことが中心になっていく。
・"萎縮"を防ぐには高い集中力を必要とする活動をすると良い。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

 

○認知症
・アルツハイマー病の患者では、貫通線維路(神経突起を経由しながらリレー式に伝わっていく経路)が海馬を貫通する領域に大量の神経毒βアミロイドが含まれ、感覚情報の伝達を妨げる。
 その領域では、神経末端の萎縮と脱落が始まっており、貫通線維路は事実上、断たれている。
 神経末端が脱落すると、その根元にあたる嗅内皮質の神経細胞も間もなく死滅する。なぜなら、頼みの綱となる増殖因子(細胞の生存を支えるタンパク質)は、新たに伸びていく神経末端には集まるが、毒素により脱落した神経末端には寄り付かないから。
 こうなると短期記憶を獲得することも学習することもできず、認知症が始まる。
・神経細胞の大量破壊が見られる領域でも生存する近隣の神経細胞が新たな突起を発芽し、失われた神経細胞の埋め合わせを開始することもできる。
 
※参考資料『ディーパック・チョプラ(2014)スーパーブレイン 保育社』

脳の障害からの回復プロセス

●障害を抱えた脳に頻繁に生じる一般的なプロセス
 
1)不使用の学習
 
○脳卒中による機能解離、ショック状態
・脳卒中が起こると、脳は機能解離と呼ばれる徹底的なショック状態に陥る。
・ショックが生じる理由は、脳卒中が起こると、ニューロンが死んだ後に特定の細胞から化学物質が流出し、他の細胞にダメージを与え、激しい炎症を引き起こし、死んだ組織の周囲で血流の断絶が生じるため。
→脳卒中が発生した場所のみならず、脳全体に機能不全を引き起こす。
→脳卒中によって損傷した直後、損傷に対処するために大量のグルコースを消費しなければならないため、脳は"エネルギー危機"に陥る。
→機能解離は通常およそ6週間続き、損傷した脳はそのあいだ、さらなる危害に対処するためのエネルギーが枯渇するために、とりわけ脆弱になる。
 
○不使用の学習
・脳卒中患者は、脳がショック状態にある期間に麻痺した腕を動かそうとしても動かせないという経験を何度もすると、腕がもはや機能しないと"学習"し、もっぱら麻痺していないほうの腕を使い始める。
・"使わなければ失われる"脳においては、麻痺した腕に対応するダメージを負った神経回路は、さらに衰弱していく。
・脳卒中以外にも放射線治療による腕の損傷、脊髄の部分的な損傷、脳性まひ、失語症(脳卒中による発話能力の喪失)、多発性硬化症、外傷性脳損傷などにも見られる。
・脳の機能が失われ、本人がその欠陥を回避する手段を試みることによって、意図せずして神経回路の喪失をさらに悪化させてしまうことになる。
 
2)ノイズに満ちた脳と脳の律動異常
 
・脳が損傷すると一部のニューロンは死んで、信号を送らなくなるが、なかには"黙らない"ニューロンもあり、不規則で異常な信号を送り続ける。
→これらの不規則な信号は結合しているすべてのネットワークに影響を及ぼし、それらの機能をかく乱する。
→現在では、脳の多くの障害において、ニューロンが異常な速度で発火することが分かっている。
・この問題は、てんかん、アルツハイマー病、パーキンソン病、種々の睡眠障害、脳損傷などで生じるもので、無数の信号が同期しなくなるためにノイズに満ちた脳が形成されてしまう。
・損傷したニューロンが健全なニューロンに不規則な信号を送り、その機能を損なうと、健全なニューロンは休眠状態に陥る可能性がある。(損傷したニューロンから適正な信号を受け取れないため、"使わなければ失われる"原理が発動した?)
→これらの神経回路の働きを必要とする活動を患者が実行しようとしたときにうまくいかない。
→それによって不使用の学習が進行
・患者はかつて持っていた技能をつかえなくなるばかりか、ノイズに満ちた脳はきめ細かな区別や識別が出来ないために、新たな技能の習得もきわめて困難になる。
・治療方法の一つに、ノイズを発生させる病んだニューロンの健康状態の改善を助長し、さらにエネルギーと神経可塑性を動員する治療手段を用いて、生き残ったニューロンが同期して発火するよう、そして眠り込んだ能力が再覚醒するよう導く、というものがある。
 
3)ニューロン集成体の迅速な形成
 
・ニューロンは通常、大規模なグループを形成し、脳全体にわたり広範に分布するネットワークを通じて電気的な交換を行うことで機能しているが、これらのネットワークは、常時自らを再構成しながら、"ニューロン集成体"を形成している。
・意識を伴う心的行為は、おのおのが多かれ少なかれ独自なものなので、起こるたびにわずかに異なるニューロンの組合せが互いに連絡し合う。脳は基本的な処理手順の一部として、既存のニューロンネットワークを解体したり、新たなネットワークを形成したりしている。
・ネットワークには冗長性があり、特定のニューロンのネットワークが損なわれても、別のネットワークが形成され、前者を置き換えると考えられている。
 
●神経可塑性に基づく治癒の諸段階
 
○ニューロンとグリア細胞の機能全般の矯正
・この段階では、互いに結合して交換し合うニューロンの配線の問題ではなく、ニューロンとグリア細胞の全般的な健康に焦点を絞っている。
・多くの脳障害では、脳は、ニューロンやグリア細胞が、感染、重金属毒素、殺虫剤、医薬品、食物感受性などの外部要因によってかく乱される、あるいはミネラル系栄養素などの供給に不足をきたすことで"誤配線"される。
・毒素の排除、自己の身体が過敏に反応する糖類や穀物等の食物の摂取を控えたりするなどの改善事例がある。
・これらの介入の多くは、脳の全細胞のうち85%を占めるグリア細胞を対象に行われる。グリア細胞は脳によって生み出された老廃物を除去することでニューロンを支援する。
(治療法の例)
・低強度レーザー
※詳細は低強度レーザーによる治癒効果
・マトリックス・リパターニング
・トマティスメソッド
※詳細は音楽による効果、トマティスメソッド
 
○神経刺激
・神経刺激は損傷した脳の眠り込んだ神経回路を再生する。
・光、音、電気、振動、動作、(特定のネットワークを興奮させる)思考はすべて、神経刺激として利用できる。
・神経刺激は、新たな神経回路の構築の準備、および既存の神経回路における不使用の学習の克服にも効果がある。
(治療法の例)
・タウブの拘束運動療法
※詳細はエドワード・タウブのCI療法
・PoNS(ポータブル神経調整刺激器 PORTABLE NEUROMODULATION STIMULATOR)
※詳細はPoNS(ポータブル神経調整刺激器)
 
○神経調整
・神経ネットワークにおける興奮と抑制のバランスを迅速に回復し、ノイズに満ちた脳を鎮める。
・神経刺激は神経調整を引き起こし、一般に脳の自己調節を改善する。
・神経調整が機能するあり方の一つは、皮質下の二つの脳システムに働きかけることで、脳の全体的な覚醒度をリセットするというもの。
①網様体賦活系(RAS)のリセット
・RASは脳幹に位置し、皮質の最上位の部位に向かって広がるようにして情報を伝える。
・RASは意識レベルと全体的な覚醒レベルの調節に関与する。
・RASはその他の脳の部位を増強し、睡眠・覚醒サイクルを調節する。
・光、電気、音、振動などの刺激によって、脳障害を持つ患者を深く眠らせて、体力を回復させて目覚めさせ、よりよい睡眠サイクルを発達させるきっかけを与えられる。
・RASのリセットは、脳へのエネルギーの供給の回復と、それによる治癒を導く際のカギになる。
②自律神経系への働きかけ
・自律神経系には、闘争/逃走反応を示す交感神経系と休息/消化/修理システムの副交感神経系がある。
・交感神経系は非常時の生存のためのシステムで、すべての活動をその目的のために集中させ、一般に成長と治癒のプロセスを抑制する。学習も妨げられ、脳の変化も起こりにくくなる。
・脳障害を持つ患者の多くは、絶望、危険、過度の不安を感じていて、交感神経が支配する状態に置かれている場合が多い。
・副交感神経系は、交感神経をオフにし、考えたり反省したり出来るよう、その人を落ち着いた状態に保つ機能を担う。
・副交感神経系がオンになると、治癒には不可欠の成長、エネルギーの保存、睡眠を助長する、いくつかの化学反応が引き起こされる。また、細胞内のエネルギー源たるミトコンドリアを再充電し、活性化させる。
・副交感神経系をオンにするとノイズに満ちた脳を鎮めることを期待できる。
(治療法の例)
・PoNS(ポータブル神経調整刺激器 PORTABLE NEUROMODULATION STIMULATOR)
※詳細はPoNS(ポータブル神経調整刺激器)
・トマティスメソッド
※詳細は音楽による効果、トマティスメソッド
 
○神経リラクセーション
・ひとたび闘争/逃走反応が無効にされると、脳は回復のために必要なエネルギーを蓄えることができる。
・脳障害を持つ多くの人は、疲れているうえによく眠れない。
・最近の研究による発見では、グリア細胞は睡眠中に、老廃物と蓄積された毒素を、脳の大部分を浸す脳脊髄液を通して放出する特殊な経路を開く、という。
 
○神経差異化と学習
・この最終フェーズでは、神経回路は自己調節の能力を取り戻していて、脳は休息し、ノイズに満ちた脳が調整され、はるかに"静かになる"。
・患者は注意を集中できるようになり、学習の準備が整う。
(治療法の例)
・リスニングセラピー
・フェルデンクライスメソッド
※詳細はフェルデンクライスメソッド
・トマティスメソッド
※詳細は音楽による効果、トマティスメソッド
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』

低強度レーザーによる治癒効果

○高強度レーザー(ホットレーザー、サーマルレーザー)
・焼き切るためのレーザー。
・生身を破壊する能力を持ち、病に犯された組織を切除する外科手術に用いられる。
 
○低強度レーザー(ソフトレーザー、コールドレーザー、低レベルレーザー)
・治癒を促進する。
・熱をほとんど、あるいはまったく放出せず、主に病んだ細胞にエネルギーを付与して自己治癒能力を助長することで、細胞に変化をもたらす。
 
○光とミトコンドリア
・光子が生体組織によって吸収されると、組織内部の光感受性分子に化学反応が引き起こされる。
・光感受性分子にはロドプシン(網膜に存在し視覚のために光を吸収)、ヘモグロビン、ミオグロビン(筋肉中に存在)、シトクロムの4つの主要タイプがある。
・シトクロムは、日光のエネルギーを細胞が利用できるエネルギー形態であるATPに変換する。
・ミトコンドリアにはシトクロムが詰まっていて、光子のほとんどは細胞内の動力室たるミトコンドリアに吸収される。
 
○レーザー光による治癒効果
・上記より、レーザー光はATP生産の引き金になるので、軟骨細胞、骨細胞、結合組織(線維芽細胞)などの健康な新細胞の成長や修復を開始し、促進することができる。
・レーザーは波長をわずかに変えることで、酸素消費の増大、血液循環の改善、新たな血管の成長の促進、組織への酸素や栄養の供給の増大をもたらすことができる。
・レーザー光を用いれば、免疫系の必要な箇所に限定して、有益な炎症を引き起こすことができる。
→様々な疾病で起こるように、炎症プロセスが停滞して慢性化した場合、該当箇所にレーザー光を当て、行き詰ったプロセスの障害を取り除いて通常の消炎プロセスを発動させることによって、炎症、腫れ、痛みを減退させられる。
・レーザー光は、抗炎症性サイトカインを増大させて過剰な炎症に対抗し、炎症を鎮める。
抗炎症性サイトカインは、慢性的な炎症に寄与する好中球を減らし、免疫系のマクロファージを増やす。
・レーザー光は、フリーラジカルなど酸素によって組織に引き起こされたストレスを軽減する。
・レーザー光は、細胞内のDNAの合成を活性化し、細胞の再生に寄与する。
・レーザー光は、セロトニン(抑うつ状態に関係)、エンドルフィン(痛みを和らげる)、アセチルコリン(学習に重要な役割を果たし、損なわれた脳が失われた心的能力を再学習する際に役立つ)などの重要な脳内化学物質の分泌を促す。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』

エドワード・タウブのCI療法

●学習された不使用
 
○サルを使った実験
・サルの腕の求心性感覚神経を感覚信号が脊髄に入る前に遮断し、感覚信号が脳に伝わらないようにした
→サルはその腕を使わなくなった。
感覚神経を切断したのでサルが感じなくなるのは理にかなっていたが、運動神経は切断していないので動けなくなるのは理にかなっていない。
 ↓
・サルが、感覚神経を切断された腕を使わなくなるのは、手術直後の"脊髄ショック"状態のあるときに、その腕を使わないことを"学習"したからでは?
・脊髄ショック状態にある動物は、神経を切断された腕を動かそうとして、何度も失敗する。うまくいった経験が強化されないために、悪い腕を使うことをあきらめて、正常な方の腕を使うようになる。そして、そちらの腕を使うことが強化される。そこで、感覚神経が切断された腕に関わる脳内の運動マップは弱くなり、退化していく。
・片腕を求心路遮断し、もう一方の腕を吊り包帯で固定すると、サルは求心路遮断された腕を使い始めた。
・両腕の感覚神経を切断すると、サルは両方の腕を動かした。
→うまくいかないことを学習する機会がなく、生きるためには使わざるを得なかったためと考えられる。
・感覚神経を切断した腕に吊り包帯をし、脊髄ショックが収まるまで待ってから包帯を取ると、サルは感覚神経を切断された腕を使うことが出来た。
→脊髄ショックの期間に、神経を切断されたために腕が使えないことを"学習"することができないため。
・サルが感覚神経の切断された腕を使わざるを得ない状況にすると、"学習された不使用"が生じた後にも、これを修正することができ、腕の運動能力を向上させ続けた。

○脳卒中後の回復
・脳卒中で、脳の運動野に広範囲の損傷を受けた場合、運動機能はなかなか回復しない。
・脳卒中の場合には、脳の大きな損傷に対する治療と、"学習された不使用"に対する治療の二つが必要。
・"学習された不使用"のせいで回復しないこともあるので、最初にそれを克服しないと、どの程度回復が見込めるのかは判断できない。
・脳卒中患者にも、運動をつかさどる運動プログラムが神経系に残っている可能性はあり、サルの実験と同じように正常な腕や足を拘束して、麻痺のある手足を使わせることによって回復を促す。
 
●エドワード・タウブのCI療法(Constraint-Induced Movement Therapy)
 
・サルを使った実験では、サルが感覚のない腕を使って食べ物を取れたときに褒美を与えるだけでは(条件付け)進歩しなかった。"シェイピング"というテクニックを使って、きめ細かく段階を追ってだんだんと難しくして、行動を形成するすると良いことがわかった。
・CI療法によって縮小された脳マップが回復する。訓練によって脳の可塑的な変化が起こって、脳がつなぎ直される。
・訓練は短い時間に集中して行ったほうが効果が上がることがわかっている。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

音楽による効果、トマティスメソッド

●音楽による効果
 
○引き込み(エントレインメント)
・ストレスのない落ち着いた人の呼吸のリズムに一致する詠唱のリズムには、"引き込み"によると考えられる即効性の鎮静効果がある。
・"引き込み"とは、ある律動的な周波数が、他の周波数に同期する、もしくはそれに近づくまで影響を及ぼす、あるいは影響を及ぼし合う現象を指す。
 
○音楽による脳への刺激
・脳が音楽による刺激を受けると、ニューロンはそれと完全に同期しながら、つまりそれに引き込まれつつ発火することが脳画像研究によって見出されている。
・上記の現象が生じる理由は、脳が外界と作用し合い、耳がその変換機として機能するため。
→内耳の渦巻管は、外界から取り込んだ音声パターンを電気パターンに変換する。
・ニューロンが音楽と同期して発火するため、音楽は脳のリズムを変える一つの手段になる。
・脳障害の多くは、脳がリズムを失い、"リズム障害"的な様態で発火するために起こるので、音楽療法はこれらの症状にとりわけ効果が期待できる。
・神経活動のリズムの相違は、心的状態の相違を生む。睡眠中、穏やかな精神状態、課題に集中している状態、不安を抱えている状態などで脳の周波数が異なる。通常、脳のリズムは、外部刺激、覚醒度、意識的な意図などの種々の要因が結びつくことで決まる。
・脳内には上記のようなリズムのタイミングを生み出すいくつかの"ペースメーカー"が存在する。しかし、神経可塑的な訓練を行えば、脳のリズムのコントロールがある程度可能になる。
 
・音楽は脳の報酬中枢に働きかけ、それによってドーパミンの生産が増大し、快感情やモチベーションが向上する。
 
・音楽による刺激が脳障害を持つ人に有効な理由として以下の考え方もある。
脳障害を持つ人においては、脳領域同士の結合が貧弱であるために、ニューロンの発火が同期していない。脱同期化した脳はノイズに満ち、ランダムな信号を発し、つねにエネルギーを浪費している。
→音楽は、引き込みによってニューロンの発火の同期を取り戻し、脳を効率的に機能するよう導いている。
 
●トマティスメソッド
http://tomatis-jp.com/tomatis/
 
○トマティス博士の三原則
①耳で聴き取れない音は発音できない
・発することのできる声の周波数は、耳が聴くことが周波数のみ。
②聴覚の改善により発声にも変化が現れる
・損なわれた耳に、失われた、もしくは阻害された周波数の音を正しく聴く機会を与えれば、その周波数はただちに、そして無意識に、発声において回復される。
③聴覚の改善後、発声の改善も定着させる事ができる
・適切な周波数に耳をさらす訓練は、リスニング(したがって脳)と発声の能力に恒久的な効果を及ぼす。
 
○電子耳、適正なリスニングのシミュレーター
・マイクとヘッドフォン、任意の周波数を遮断するフィルターと強調する増幅器のシステムから成る。
・患者はマイクに向かって歌ったり話したりし、ヘッドフォンでフィルターのかかった自分の声を聴く。
・二つの聴覚チャンネルから構成される。一つは高い周波数帯域を強調し、低周波数帯域を抑制するフィルターがかけられた音楽を出力する。それに対して低周波数帯域のチャンネルは、筋緊張低下した貧弱な耳による聴覚経験を再現する。リスニングに支障をきたした人にこのチャンネルを聴かせると、耳は弛緩してリスニング時のいつもの習慣を呈する。
 
○トマティスのリスニングプログラム
①受動フェーズ
・通常15日間続く。
・クライアントは、アレンジされた音楽を集中せずに聴くだけでよい。
・高周波数帯域を強調するフィルターをかけたモーツァルトの音楽が使われる。
・クライアントが子どもや思春期の場合、高周波数帯域を強調する母親の声も加えられる。
・電子耳の高周波数チャンネルと低周波数チャンネルは、常に音量の変化をきっかけに切り替わる。高周波数チャンネルに切り替わるたびに、耳の筋肉と高周波数リスニングの能力が行使され、低周波チャンネルに切り替わると、耳の筋肉と、対応する周波数に結びついたニューロンが休む。受動フェーズはこの訓練サイクルによって構成される。
・音楽の音量の変化によって引き起こされる二つのチャンネルの切り替えは、新奇性の感覚を聴覚経験に加える。新奇性の感覚の経験は、脳の神経可塑性に働きかけ、注意を司る脳のプロセッサーを覚醒させ、ニューロン間の結合の形成を容易にする。
 また、ドーパミン(や他の脳の化学物質)の分泌を促し、その出来事を記録するニューロン相互の結合を強める。
・受動フェーズは、モーツァルトの音楽や母親の声から、フィルターが完全に取り除かれた時点で終了する。(フィルターは治療の進行につれて徐々に減らされていく)
 
②能動フェーズ
・訓練で得たリスニング効果を根付かせ、統合し、実践に応用するために、受動フェーズの終了から能動フェーズの開始まで、通常4~6週間の静養期間がとられる。
・ヘッドフォンを装着してマイクに話しかけ、電子耳を通じて自分の声を聴く。
・様々な言葉を発するうちに、十分に差異化された自己受容感覚、すなわち唇、舌、あるいはその他の身体部位の正確な位置に対する気づきが発達する。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』

PoNS(ポータブル神経調整刺激器)

●ポール・バキリタ(Paul Bach-Y-Rita)の研究

光を味わう〜日経サイエンス2009年12月号より


 
○”視覚-触覚装置”
・カメラに写された像が電気信号に変換されコンピューターに送られ、コンピューターが処理した電気信号が被験者が座る椅子の背もたれの金属板に整然と並んでいる400の振動する刺激器に送る。視覚障害者は、背中の皮膚で刺激を感じ、触覚によって”見る”事ができるようになった。
・先天的な視覚障害者が字を読んだり、顔や影を認識したり、どれが手前にあってどれが遠くにあるのかを区別できるようになった。
 
○感覚代行
・感覚には、柔軟な可塑的な性質があり、ある感覚は別の感覚の代わりになりうる。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

 

●PoNS(ポータブル神経調整刺激器 PORTABLE NEUROMODULATION STIMULATOR)
http://www.heliusmedical.com/divisions/neurohabilitation/pons-device
 
・ユーリ・ダニロフ(研究室の創設者はポール・バキリタ)
・舌の感覚ニューロンを活性化し、神経可塑的な脳を刺激し、ニューロンの発火の様態を矯正する。
・PoNSが発する信号は、舌の表面から300μmしか届かず、その位置にあるニューロンを活性化する。
・舌は身体の組織の中でも、もっとも鋭敏な器官の一つで、PoNSを使った舌の刺激は脳全体を活性化する。
・舌の受容器から感覚情報は、触覚情報は舌神経、味覚刺激は顔面神経によって送られる。これらの神経は、脳幹(舌の背後およそ5cmに位置する)に直接接続する脳神経系の一部を構成している。
・脳幹は、脳に出入りする主要な神経が集まる場所で、動作、感覚、気分、認知、平衡を司る脳領域と密接に結びついており、脳幹に入った電気信号は、脳の様々な部位を同時に活性化することができる。
・舌の感覚受容体に端を発し、脳幹の平衡感覚を処理するニューロンにスパイクを送り出した電気刺激は、脳幹で止まるわけではなく、脳幹の平衡感覚系のニューロンは、脳幹にある他の多くの組織やその他の脳領域にスパイクを送り、それらのすべてを活性化する。これらの領域には、睡眠、気分、感覚を調節する領域も含まれる。
・脳幹(と近傍の小脳)は、運動、高次の認知機能、気分を統制する他の重要な脳領域と結合している。
→運動を司る脳領域の結合は、パーキンソン病、多発性硬化病、脳卒中患者にPoNSが有効である理由を、また、高次の認知機能を司る脳領域との結合は、被験者の注意力や並行作業を行う能力が高まった理由を説明する。
 
○PoNSの効果
・使用中、深い瞑想状態に入る。(神経調整に続く一種のリラックスした状態で、神経可塑的な治癒に役立つ)
・平衡感覚、睡眠、並行作業能力、集中力、注意力、動作、気分などが改善。
・脳卒中、外傷性脳損傷などの様々な障害に効果が出ている。
・パーキンソン病患者は、この病気特有の動作における問題の緩和を感じている。
 
○介在ニューロンと神経ネットワークのホメオスタシス
・運動ニューロンと感覚ニューロンは一次ニューロンと呼ばれ、どちらも電気信号によって情報を伝達する。他にも介在ニューロンがあり、その主な働きは近傍のニューロンの発火活動を調整することにある。
・介在ニューロンは、他のニューロンに最適なタイミングとレベルで信号が到達するよう、そしてそれを受け取ったニューロンが、伝達された情報を過不足なくきっちり処理できるよう調節することで、ホメオスタシス的なコントロールを行う。
 
○PoNSとホメオスタシス
・脳の疾患は、介在ニューロンに悪影響を及ぼすことが多い。介在ニューロンの不具合によって、ホメオスタシスを維持できるよう脳の他の部位を支援する能力を失いかねない。
→信号のレベルが低くなりすぎて脳が重要な情報を取りこぼしたり、信号が高くなりすぎて脳全体に広がり、本来刺激を受けるべきではないニューロンまで影響を受けてしまうかもしれない。
 信号が長くなりすぎて、後続の信号と混ざり合い、どちらの信号も不明瞭になってシステムにノイズを引き起こす場合もある。
・ホメオスタシスが乱れると抑制と興奮のバランスがくずれ、システムは広範囲に及ぶ入力を調節できなくなる。
・開発者のユーリの仮説では、PoNSが様々な疾病に効果があるのは、ホメオスタシスを調節する神経ネットワークの、全般的なメカニズムを活性化するからと考えている。
→装置は臨時の電気信号を介在ニューロンシステムに送り、疾病のために自力でスパイクを放てなくなった介在ニューロンにスパイクを生じさせる。こうして、興奮と抑制のバランスを取る能力を失ったネットワークの回復を可能にする。
・この臨時のスパイクが有効に作用する理由は、疾病の影響で正常に機能するには不十分な数のスパイクしか放てなくなったネットワークが存在するからである。
 使われなくなった神経ネットワークは、衰退するか他の心的活動に用いられるようになる。より多くのスパイクを循環させることで、機能ネットワークは再度活性化し、神経可塑的な成長プロセスが始動する。
 
○PoNSによって得られる可塑的な変化
 
①直ちに生じる反応(数十分)
・種々の症状を生んでいる、興奮/抑制システムの生理的な不均衡を是正する。
・ホメオスタシス機能を活性化し、過剰に発火し続けるニューロンを抑制することですぐに効果が得られる。
 
②シナプス神経可塑性(数日~数週間)
・数日~数週間、PoNSを使いながら訓練を続けることで、ニューロン間に新しく持続的なシナプス結合を形成することができる。
→さらにそれによってシナプスのサイズが大きくなり、受容体の数が増え、電気信号が強化され、軸索伝道効率が向上する。
 
③シナプスのみならずニューロン全体の可塑性が変化(一ヶ月以上)
・神経回路を一ヶ月以上活性化することによって生じる。
・研究によれば、28日以上ニューロンを活性化し続けるとニューロンは新たなタンパク質と内部組織の生成を開始する。
 
④システム神経可塑性(1年近く~数年)
・この段階では装置を使う必要はない。
・このタイプの可塑性は、上記3つの可塑性のすべてが安定化し、新たなネットワークの基盤が確立したうえで、装置を使わなくてもシステムが十分に機能し、自己修正か可能になるまで生じない。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』

フェルデンクライスメソッド

●フェルデンクライスメソッド
http://www.feldenkrais.jp/felden.html
 
○概要
・人間の機能、発達、学習を理解するためのユニークで洗練されたアプローチ
・動きや思考、感情を新しい方法で探索するメソッド
・"動きを通しての気づき"(ATM : Awareness through Movement)というグループレッスンと、"機能の統合"(FI : Functional Integration)というマンツーマンのレッスンがある。
 
○中心原理
・ほとんどは、神経可塑的な治癒の主要な段階の一つである、神経差異化の促進に関係する。
 
①心は脳の機能をプログラミングする
・ヒトは、神経の膨大な部分がパターン化も接続もされないまま誕生し、成長の過程で環境に合ったやり方で脳を組織化することができる。
・心は徐々に発達し、脳の機能をプログラミングし始める。
・何かを経験するとき、神経物質はそれ自身を組織化する。
 
②脳は運動機能なくしては思考できない
・心と身体は不可分の全体。
・純粋な思考が存在するという考えもあるが、深くリラックスすれば、いかなる思考も筋肉の変化をもたらす事が分かるはず。
・脳が使われるたびに、運動、思考、感覚、感情という四つの構成要素が作用する。
 
③気づきは運動を改善するカギになる
・感覚系は運動系と分離されているのではなく、密接に関連しあっている。
・感覚の目的は、運動を方向づけ、導き、調整し、そのコントロールを手助けすることにある。
・運動感覚は、運動の成功の評価に重要な役割を果たし、空間内の身体や手足の位置に関する、感覚によるフィードバッグ情報を直ちに伝達する。
・運動へのより深い気づきを得ることで、(とりわけ脳に重度の損傷を負った人の)運動障害を改善することが期待できる。
 
④差異化(様々な運動のあいだで、できる限り小さな感覚的区別を行うこと)は脳マップを築く
・脳マップにおける個々の身体部位の大きさは、実際の大きさではなく、その部位がどの程度の頻度と正確さで用いられているかに比例する。
→繊細な作業に使われることの多い手の指に対応する脳マップの領域は大きい。
・ある部位に、きめ細かく調整(差異化)された動作を実行させ、それに細心の注意を払うようにしていれば、その部位の脳マップが主観的に大きくなっていくように感じられるはず。
 
⑤差異化は、刺激が小さいほど容易になされる
・感覚刺激が非常に強い場合は相応に変化の度合いが大きくなければそのレベルの変化に気づかないが、刺激がもともと小さければわずかな変化にも気づく。(ヴェーバー・フェヒナーの法則)
・小さな刺激は感受性を劇的に向上させ、それはやがて身体の動きの変化へとつながる。
 
⑥ゆっくりとした身体の動きは気づきのカギに、気づきは学習のカギになる
・より深く気づき、学ぶために、ゆっくりと動く。
・ゆっくりとした動きは、緻密な観察と脳マップの差異化を導き、より多くの変化を可能にする。
 
⑦できる限り無理な努力を減らす
・無理に何かをしているときには学習は生じない。
・意思の行使は、気づきの発達には役立たない。
・無理な努力は無分別で自動的な動作を生み、やがてそれが習慣化して、状況の変化への柔軟な反応が失われる。
 
⑧誤りは必須であり、動くためのよりよい方法があるのみで、正しい方法などない
・誤りは矯正しない。ランダムに動くなどして、自らの気づきによってうまく機能する動作を見つけ、学習する。
 
⑨ランダムな動作は、飛躍的な発達を導く変化をもたらす
・決定的な進歩は機械的な動作ではなく、その逆のランダムな動作によってもたらされる。
・乳児の運動発達においては、標準的な固定配線されたプログラムによってではなく、試行錯誤によって各人各様のあり方で学習する。
 
⑩たった一箇所の身体部位のわずかな動きさえ、全身が関与する
・流麗で効率的な動きが出来る人は、いかに小さな動作を実行するときでも、身体が全体としてそれ自身を組織化している。
 
⑪多くの運動障害とそれに伴う痛みは、異常な身体構造によってではなく、学習された習慣によって引き起こされる
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』

痛みの感覚と神経可塑性

●痛みのゲートコントロール理論、痛みは脳によって作り出される
 
・1965年、ロナルド・メルザック、パトリック・ウォール
・痛みのシステムは脳と脊髄全体に広がっている。脳は、痛みをただ受け取る(痛みの受容体が"一方通行の"信号を脳中枢に送り、痛みの強さは、怪我のひどさに応じて強くなる、という考え方ではなく)だけではなく、感じる痛みの信号を常にコントロールしている。
・怪我の場所と脳の間には、"ゲート"がいくつもあり、痛みの信号が脳に伝えられる際に、"ゲート"によって信号を伝えるかどうかコントロールされている。
・戦場など身の危険が迫っている場合に、安全な場所に逃げきれるまで痛みを感じないことがある。偽薬によって効果が認められたり、母親が痛がる子どもをやさしくなだめたり、さすったりすると脳が感じる痛みが抑えられたりする。
 
○痛みを感じる神経系にあるニューロンの可塑性
・慢性障害では、痛みに関する細胞が発火しやすくなる変化が起こり、痛みに過敏になってしまう。
・脳マップは受容野を広げることもあり、そうなるとマップが対応しているからだの表面が広がり、結果として、痛みの感覚が鋭くなる。
・マップが変化するに従い、あるマップの痛み信号がそばの痛みマップに"こぼれ"て関連痛を感じることもある。
 
●ヴィラヤヌル・S・ラマチャンドランの研究
 
・幻肢、半側空間無視、カプグラ症候群、共感覚など奇妙な脳神経系の現象が取り扱われているが、単なる症例の列挙に留まらず、従来の知見にこだわらない脳機能に対する洞察と、独創的であざやかな実験とが報告されている。
 とりわけ自己の身体イメージを操作する"ミラーボックス"と呼ばれる単純な装置の考案は、存在しない手足が激しく痛む幻肢痛の治療に成功し、これは脳血管疾患などによる片麻痺のリハビリテーションにも応用されている。
 
○ごく普通の"激痛"の場合
・脳に信号を送って、ケガや病気を知らせる役目をする。
・怪我によって、痛みを感じる神経まで損傷することがあり、そのときには外的な要因がなくても、神経性疼痛を感じる。脳のマップが損傷して、たえまなく間違った警報を送ってしまう。患者は、脳に問題があるのに、体に問題があると思い込む。
 
○幻肢と脳マップの侵食
・失った手にかゆみを感じる人がいる。頬を掻くとかゆみを癒すことができた。
→腕と顔の脳マップは隣接しているため、顔の脳マップが使われなくなった腕の脳マップを侵食しているため起きる。
・MEG(脳磁計)による脳スキャンを行ったところ、手の脳マップが顔の感覚を処理するために使われていることが分かった。
 
○幻肢と脳マップの変化
・幻肢が痛むのは、手足が切断されたときに、それと対応する脳マップの領域が縮小するだけでなく、秩序を失って正常に機能しなくなるためではないかと、ラマチャンドランは考えている。
 
○幻肢の痛みと麻痺の脱学習、ミラーボックス
・何でもない方の腕をミラーボックス内の鏡で映すと、患者には切断された手が"復活した"ように見える。
・このミラーボックスを使った訓練によって、幻肢痛が消えたり、凍りついた感覚が無くなったり、幻肢をコントロールできるようになった。
・fMRI脳スキャンでも、幻肢の運動マップがしだいに大きくなり、切断にともなって縮小していたマップがもとの大きさに戻って、感覚マップと運動マップが健全な状態に回復することが確認されている。
 
○"学習された痛み"
・慢性的な痛みを持つ患者は、運動の命令が痛みの神経系に繋がっているのでは?
→手足の怪我が治ったのに、脳が腕を動かせと運動の命令を出すと痛みを感じてしまう。
・ミラーボックスを使って治療を試みた。ミラーボックスに両手を入れ、正常な腕を動かすと患者からは怪我をした腕が動いているように見え、患者の脳は、痛みを感じず自由に動かせると考え始める。
→運動の命令と痛みを感じるニューロンとの鎖がはずれる。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

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