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※以下の記事も参照。
神経可塑性、脳回路の再配線、神経発生の”痛みの感覚と神経可塑性”
痛みの緩和
●痛めた場所をさすると痛みが引くのは? 1)競合的阻害 ・さすることで第二の痛覚信号が脳に発信され、脳が一度に二つの信号を相手にすることになる。 →先の強烈な信号による激痛が後発の刺激に押されて弱まっていく。 2)抑制信号 ・マッサージや軽い振動などの通常の触覚刺激が、侵害受容器の神経線維を活性化させ、抑制信号を脳に送ることでも痛みが軽減されている。 3)モルヒネ様物質 ・さすることで鎮痛作用のあるモルヒネ様物質の分泌が促される。 ・モルヒネ様物質は扁桃体や視床下部にあるオピエートレセプターと結合して興奮させ、信号を延髄へと伝えている。そこから脊髄を下行していく信号が、侵害受容器から入ってくる信号を迎えうち、痛覚信号が脳へ伝わるのを抑えている。 ※参考資料『ジョン・J.レイティ(2002)脳のはたらきのすべてがわかる本 角川書店』
●痛みのコントロール ・損傷した組織が回復するまでの間に痛みをコントロールするには、神経システムよりもさらに上位の脊髄か脳に働きかける必要がある。 ・脊髄の侵害受容器の働きは、脳から出される信号によって抑制できる。 →中脳中心灰白質(PAG)と吻側延髄腹側部(RVM)の二つの脳幹系のニューロンからアヘン様物質が脊髄に送り込まれ、有害な信号が入る場所で少しずつ放出される。 →PAGとRVMは、痛みを和らげるコントロールシステムとして働き、刺激をほとんどその源までたどって緩和している。 ・PAGとRVMが痛みの制御で重要な役割を果たしているのは脊髄の中だが、PAGとRVM自体は脳幹の上部、脳と脊髄の間にあり、大脳皮質系と密接に作用しあっている。 →大脳皮質がそれらの働きを調整し、思考によって痛みをコントロールしている。 ●痛みとドーパミン ・ドーパミンはストレスをコントロールする役割、痛みを緩和する役割もある。 ※参考資料『グレゴリー・バーンズ(2006)脳が「生きがい」を感じるとき 日本放送出版協会』
●経皮的な電気神経刺激(TENS) ・電流を使って、痛みを抑制するニューロンを刺激する方法で、これによって結果的にゲート(痛みのゲートコントロール理論の"ゲート")が閉じられる。 ●鍼治療 ・鍼では、痛みを感じている患部から離れたところを刺激して、痛みを軽減する。 ・鍼が、痛みを抑制するニューロンを活発にし、ゲート(痛みのゲートコントロール理論の"ゲート")を閉めて、痛みの感受を阻止すると考える事ができる。 ※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』
●モスコヴィッツによる慢性疼痛減退の考察、方法 ・慢性疼痛において発火する脳領域を分析すると、これらの領域の多くが痛みを処理していないときには、思考、感覚、イメージ、記憶、運動、情動、信念に関する処理を実行していることが分かった。 →痛みを感じている間には、集中や熟考が出来ない、情動をコントロールできずいらいらしたり激怒したりするかを説明できる。 →思考、感覚、イメージ、記憶、運動、情動、信念などを統制する脳領域が、痛覚信号の処理と競合し、乗っ取られてしまうのかもしれない。 →痛みを感じ始めたとき、それまでに行っていた活動を無理にでも続けることで、対応する脳領域をそれらの活動のために"取り戻し"、痛覚処理に乗っ取られないようにすることができるのでは? →慢性疼痛を引き起こしている神経回路の勢力を弱めるために、対応する脳領域に痛み以外の処理を強制的に行わせれば良いのでは? →ある脳領域が急性痛を処理する場合、該当領域のおよそ5%のニューロンのみが痛みの処理に寄与しているのに対し、慢性疼痛では、発火や配線が常時なされるためにその割合は増大し、15~25%になる。この痛みを処理するニューロンの領域を奪い返せばよいのでは? →視覚と痛みの両方を処理する脳領域があるので、視覚活動によって痛みを圧倒する方法を考えた。 →痛みを感じるたびに、ただちに自らの頭の中で視覚化を実行した。視覚化した内容は、慢性疼痛によって拡大した脳のペインマップが縮小していくところを想像した。 ●モスコヴィッツのアプローチ、MIRROR ①M(Motivation 動機) ・患者のほとんどは痛みに対して受動的な態度で医師の治療を受けているが、MIRRORでは、患者は自らが積極的にならなければならず、痛みの発達について本を読んだり、進んで視覚化を試みたりしつつ、自己の治療に責任を持つことが求められる。 ②I(Intention 意図) ・直接的な意図は痛みの除去ではなく、脳を変えるために心に焦点を置くことにある。 ・痛みの除去はゆっくりとしか達成し得ない。初期の段階で重要なのは、変えようとする心的努力。そのような努力は、新たな神経回路の形成を促し、痛みのネットワークを弱体化する。 ③R(Relentlessness 徹底性) ・神経可塑性の研究によれば、神経回路を変えて新たな結合を形成するためには、一般に強い集中力が必要とされる。したがって他の何かに気をまぎらせる事は避けなければならない。痛みとの妥協はもってのほか。 ・痛みを感じるたびに、脳を慢性疼痛発症以前の状態へと配線しなおす意図を強く込めながら、心を集中して押し返す必要がある。 ④R(Reliability 信頼) ・"脳は敵ではなく、明確かつゆるぎない指示を与えさえすれば、患者はそれに依存しつつ正常な機能を取り戻し、維持することが出来る"という心構えを持つ。 ⑤O(Opportunity 好機) ・痛みの発作を、機能不全に陥った警報システムを修理する好機としてとらえる。 ・痛みを歓迎するのは難しいが、それを自身の動機付けに活用すれば、自らが責任を担っているという実感を抱いたり、建設的に感じられたりし、心構えと脳の化学反応を変えるきっかけになる。 ⑥R(Restoration 回復) ・治療の目標が、投薬や麻酔のように痛みを覆い隠したり緩和したりすることにではなく、正常の脳の機能の回復にあることを意味する。 ●視覚化による痛みの軽減の実験 ○身体イメージ ・身体に関して心に抱く主観的なイメージ。 ・身体イメージは、心に形成され、かつ、脳内に刻まれてから、無意識のうちに身体に投影される。 ・視覚のみならず、触覚、痛覚、自己受容性感覚(自分の手足や身体が空間内のどこを占めるかについての感覚)などに関する様々な脳マップからの入力に基づいて組み立てられる。 ・身体イメージは、歯医者で局所麻酔を受けたときなど、実際の身体と合わなくなる場合がある。 ○G・ロリマー・モーズリー(オーストラリア)、2008年 ・手に慢性的な痛みと腫れを抱える人々を対象とした実験。 ・以下の状況で被験者に自分の手を観察させた。 ①10種類の手の動きを観察。 ②拡大しない双眼鏡で手の動きを観察(双眼鏡を通して見ることが影響を与えないことを確認するため)。 ③2倍の倍率の双眼鏡を通して手を観察。 ④双眼鏡の逆側から見て手を観察。 ・実験の結果、手のイメージが拡大されると痛みが増大し、縮小されると減退することを発見した。 ・痛みの経験が痛覚受容体からの感覚入力のみによって引き起こされるのではなく、身体イメージにも影響されることを示している。双眼鏡を逆側からのぞいて視覚入力が縮小されると、痛みが"より小さな領域"から生じていると判断され、"ダメージも小さい"と脳は結論付ける。 ○ノッティンガム大学(イギリス)の研究 ・ミラージュ(身体イメージを歪曲する目的で開発された幻視生成装置)と呼ばれる装置を使用。 ・内部にカメラを設置した箱の中に手を入れると、ミラージュは歪んだ手のイメージを大型の画面に映し出す。 ・骨関節炎を患う20人の被験者で実験したところ、被験者の85%に痛みの半減が見られている。指が縮んで見えたときに痛みがもっとも減退した者もいれば、指が伸びたときにそう感じた者もいた。 ※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』
痛みと快感回路
・快感回路の鍵をにぎる腹側被蓋野(VTA)ニューロンからのドーパミン放出は、痛覚刺激によっても引き起こされるということが明らかになった。 →短期的な痛みというのは必ず終わるものであり、そのときの痛みからの救済という体験はそれ自体、快感。 ※参考資料『デイヴィッド・J.リンデン(2012)快感回路 河出書房新社』
感謝と痛み
・カリフォルニアのサンルイス病院が、慢性疼痛の患者に、ありがとうと感じていることに深く感謝する瞑想を4週間実施してもらったところ、明らかに痛みが減った。 ・感謝には、次の二つの鎮静作用がある。 ①感謝することで痛みから気が逸れる。 ②同時に、感情そのものが鎮痛剤代わりになる。 →感謝の気持ちを抱くと、脳内にエンドルフィンというモルヒネに似た物質が分泌され、痛みの信号をブロックすると考えられている。 ※参考資料『デイビッド・ハミルトン(2011)「親切」は驚くほど体にいい! 飛鳥新社』
脳と痛みの感覚
●痛みの"ゲートコントロール理論" ロナルド・メルザック、パトリック・ウォール ・脳内には痛みの中枢として働く特別な構造はない。 ・脳は有害な刺激を神経系において段階的にコントロールできる。 ・痛みは以下の3つのシステムの相互作用によって引き起こされる。 ①神経の末端にあるセンサー ②脊髄にあるゲートコントロールシステム ③筋肉の働きによって痛みから逃れようとする運動システム。 ※参考資料『グレゴリー・バーンズ(2006)脳が「生きがい」を感じるとき 日本放送出版協会』
●痛みのゲートコントロール理論、痛みは脳によって作り出される ・1965年、ロナルド・メルザック、パトリック・ウォールによる説。 ・痛みのシステムは脳と脊髄全体に広がっている。 脳は、痛みをただ受け取る(痛みの受容体が"一方通行の"信号を脳中枢に送り、痛みの強さは、怪我のひどさに応じて強くなる、という考え方ではなく)だけではなく、感じる痛みの信号を常にコントロールしている。 ・怪我の場所と脳の間には、"ゲート"がいくつもあり、痛みの信号が脳に伝えられる際に、"ゲート"によって信号を伝えるかどうかコントロールされている。 ・戦場など身の危険が迫っている場合に、安全な場所に逃げきれるまで痛みを感じないことがある。 偽薬によって効果が認められたり、母親が痛がる子どもをやさしくなだめたり、さすったりすると脳が感じる痛みが抑えられたりする。 ○痛みを感じる神経系にあるニューロンの可塑性 ・慢性障害では、痛みに関する細胞が発火しやすくなる変化が起こり、痛みに過敏になってしまう。 ・脳内にあるマップは受容野を広げることもあり、そうなるとマップが対応している体の表面が広がり、結果として痛みの感覚が鋭くなる。 ・マップが変化するに従い、あるマップの痛み信号がそばの痛みマップ領域に"こぼれ"て"関連痛"を感じることもある。 ※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』
脳と慢性痛
●学習された痛み(モスコヴィッツの説) ・慢性疼痛は疾病の兆候を示すだけではなく、それ自体が疾病でもある。 ・急性痛の原因を除去できず、中枢神経系がダメージを受けるために、身体の警報システムが"オン"になったままになってしまう。 ●メルザック、痛みのニューロマトリックス理論 ・急性痛は感覚受容体からボトムアップで脳に入ってくる"入力"であるのに対し、慢性疼痛は急性痛より複雑で、トップダウンに伝えられる傾向を持つ。 ・ニューロマトリックス理論は、慢性疼痛を生の感覚より、知覚に近いものとみなす。脳は様々な要因を斟酌(しんしゃく)しながら損傷を負った組織に対する危険度を測定する。 ・いくつかの研究が示すところでは、脳は痛みの主観的な知覚経験を形成する間、損傷の程度の測定に加え、痛みを緩和する何らかの行動をとれるかどうかを評価し、さらにはダメージが改善するか悪化するかについての見通しを立てる。 脳は、これらすべての評価をもとに自分がこれからどうなるのかを予測する。 この予測が、痛みの度合いに大きな影響を及ぼす。 ・メルザックは、脳が慢性疼痛の知覚に影響を及ぼす能力を備えていることに鑑みて、痛みを"中枢神経系の出力"に近いものとして概念化した。 ※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』
痛みとプラシーボ効果
●痛みとプラシーボ効果 ・最新の脳画像研究によれば、疼痛や抑うつを抱える患者にプラシーボ効果が生じた際の脳の変化は、投薬によって改善が得られた場合の変化とほぼ同一である。 ・痛みに関して言えば、プラシーボは一般に30%以上の効果がある。 ・脳画像研究によって、プラシーボ効果が生じると脳の構造が変化することが示されている。 ○トール・ウェイジャー(コロンビア大学) ・PETによる脳スキャンを用いて、プラシーボ治療が主要な脳領域の内因性オピオイド(痛みを抹消するために脳が生産する阿片のような物質)の生産を増大させて痛みを止めること、プラシーボ反応が脳の痛覚システムにおけるオピオイド生産領域の配線を強化することを示した。 ○モスコヴィッツのMIRRORアプローチとプラシーボとの違い ・プラシーボ効果は概して長く続かない。数週間効果が続く場合もあることを示す研究も存在するが、症状は再発しやすい。 ・MIRRORアプローチを用いて神経可塑性の競争的な性質を利用する治療では、プラシーボとは反対で、最初の数週間は何の効果を示さず、その後痛みが徐々に弱まっていく場合が多い。 楽器の演奏や言語の習得などで脳が新たな技能を学ぶときの成長パターンに類似している。 ※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』
●プラシーボ効果とノーシーボ効果 ○プラシーボ効果 ・強いプラシーボ効果によって"痛みが減少した"と答えた被験者の脳内には、"ハッピーケミカル"と呼ばれるドーパミンやオピオイドが急増しているのが確認された。 ○ノーシーボ効果 ・人間は自分の具合が悪くなると信じれば、ほんとうに具合が悪くなる。 ・"何かが害をもたらす"という暗示や思い込みが原因で起きる、たいていはごく軽い症状。 ・強いノーシーボ効果で被験者が"痛みが増した"と答えた事例では、ドーパミンとオピオイドの減少が確認された。 ※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』