脳と情動、意識、意思、注意

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  1. 表象、メンタルイメージ
  2. 情動とは
  3. 基本情動、高次の情動
  4. 情動と気分、感情、心情、動機付け
  5. 意識と無意識、自由意志
  6. 情動と意識、脳内での処理
  7. 推論・意思決定と脳内の処理
  8. 情動と推論・意思決定、ソマティック・マーカー仮説
  9. 注意バイアス

表象、メンタルイメージ

●表象とは
 
・何か他のものを表すことを本来の機能とするもののこと。
・他のものを表す"ためにある"もののこと。
・表象は、それが表す実物の代わり。
・表象がもつ、自分でない何かを表すという性質を"志向性"と呼び、そこで表されていることがらを"志向的内容"、志向的内容に出てくる対象を"志向的対象"という。
・XがYの表象である、とは次の二つの条件が成り立っているということ。
①XとYの間には法則的なつながりがあり、Xは"Yが生じた"という情報を担っている。
②Xは"Yが生じた"という情報を担うためにある、つまり、Xは"Yが生じた"という情報を担うことを本来の機能とする。
・上記①しか満たさない場合は、"レジスタする"という。
 
※参考資料『戸田山 和久(2016)恐怖の哲学 ホラーで人間を読む NHK出版』

 

●イメージはどう呼び起こされるのか?
 
・"メンタルイメージ"は瞬間的な構築物であり、かつて経験しているパターンの"複製の試み"。
→複製が正確である確率は低いが、そのイメージが学習されたときの状況、そして今それが想起されている状況により、複製が実体に合っている確率は高くもなるし低くもなる。
 
・明確に想起されたメンタルイメージは、主に、かつて知覚的表象に対応する神経発火パターンが生じたのと同じ初期感覚皮質に、同じ発火パターンを瞬間的、同時的に活性化することから生まれるのでは?
 例えば、初期視覚皮質の局部的損傷によって色盲になった場合、もはや色を"イメージ"することはできない。
 "色の知識"が"色の知覚"を支えているシステムとは別のシステムに保存されているのであれば、たとえ外界の物体の色を知覚できなくても、色をイメージすることはできるはずだが、実際にはそうはならない。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

情動とは

●情動の本質
 
・情動とは、単純なものであれ複雑なものであれ、"心の評価的プロセス"と"そのプロセスに対する指示的表象の反応"との組合せ。
 その際、指示的表象の反応はそのほとんどが身体に向って情動的身体をもたらすが、脳そのもの(脳幹の中にある神経伝達物質を放出するいくつかの核)に向って付加的な心の変化をもたらすものもある。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

 

●心的表象 ドレツキの理論
 
・心的表象は何かによって信頼のおける仕方で引き起こされた心的状態であり、その何かを探知するために学習や進化によって備わったもの。
・心的表象は何かによって作動させられるために備わった心的状態。
 
●身体感じ説とダマシオの理論
 
○ジェイムズの理論とダマシオの理論との違い
・ダマシオは情動を支える身体状態に"内部環境"の状態を含めている。
 情動は、内分泌系によって引き起こされるホルモンレベルの変化等、脳における化学的なレベルの変化も記録できる。
・ダマシオは、身体変化がなくとも、身体変化に通常関わっている脳中枢が活動すれば、情動反応が生じることを強調している("あたかもループ")。
 脳は、身体変化が実際に生じていなくても様々な身体変化が生じたときと同じ状態になりうる。
・ダマシオによれば、身体状態の変化に対する非意識的な神経反応も情動で、情動は意識的でありうるが、必ずしもそうとは限らないという。
 
●情動の誘発
 
・情動は、実際に直面している環境の条件によって引き起こされうるが、想像された条件によっても引き起こされうる。
 
○情動の対象、個別的対象、形式的対象
・情動は二種類の対象を持ちうる。
①個別的対象
・情動を誘発した出来事そのもの。
②形式的対象
・それがあるためにその出来事(個別的対象)が情動を誘発することになった性質。
例)子供の死は悲しみの個別的対象であるが、その出来事が悲しみを引き起こしたのは、その出来事に含まれる"喪失"という性質のため。この"喪失"という性質が悲しみの形式的対象。中心的関係テーマ。
 
○情動が表象するのは個別的対象ではなく形式的対象
・情動の形式的対象である中心的関係テーマは、個別的対象が主体の福利にどのような影響を与えるか、という価値的要素を含んでいる。
 
●身体性評価説
 
○身体性の評価、中心的関係テーマを表象
・情動は身体変化を記録することによって中心的関係テーマを追跡する。
情動は中心的関係テーマを表象しているが、それは身体変化の知覚を介して可能になる。
・情動は、生理的反応のパターンを記録することで評価を下している。
・中心的関係テーマは情動の実質的内容であり、身体変化は名目的内容。
 
○身体変化を介して中心的関係テーマを追跡することが可能なのはなぜか?
・身体変化が生じるのは、反応のための備えができるから。
・進化によって備わった様々な生理的反応は、祖先が直面してきた様々な状況に対処するためのもの。
・危険な状況についての知覚経験は、適切な生理変化を引き起こすように実装されている。そうした実装には生得的なものも学習によって獲得されるものもある。
 
●感情価と評価
 
・情動には二つの基本要素がある。
 
○感情価
・情動はすべて正または負の価を持つ。
 
○評価
・評価は純粋に身体性のものであるか、身体性の評価が認知的に精緻化されたもの。
・基本情動は身体性の評価。
 
○強化子
・学習理論の根本にある洞察は、適切に選択された刺激で行動反応を制御することができる、というものである。
・特定の刺激は反応の確率を上げ、別の刺激は確率を下げる。そうした刺激はすべて"強化子"と呼ばれる。
・正の強化子は、欲求反応を増やすものと嫌悪反応を減らすものがある。
・負の強化子は、罰、または無報酬への不満。
 
○内的強化子
・学習理論の研究者は、報酬と罰それぞれに、生得的に決められているものと学習されたものを区別している。
・古典的条件付けを通して、ほとんどどんなものでも強化子になりうる。
→そうすると脳には強化子を追跡し続ける方法が必要となる。どの刺激が正の強化子や負の強化子となるかを記録する方法が必要。
→プリンツは、二つの内的ラベルを使ってなされると提案している。
・脳には二つの内的強化子があり、それらは刺激の表象と結びついている状態である。
・一次強化子は遺伝学的に内的強化子結びついてきた刺激であり、二次強化子は連合が学習された刺激である。
・これらの内的強化子が感情価マーカー。
・負の価をもつ状態は内的な負の強化子(INR:inner negative reinforcer)、を含むものであり、正の価をもつ状態は、内的な正の強化子(IPR:inner positive reinforcer)を含む。
 
○内的強化子と情動
・内的強化子は、それに伴った身体性の評価とともに記憶に蓄えられたときに、将来の行動に影響を与えるようになる。
・ダマシオの"情動は意思決定に影響を与える記憶マーカーとして働くものである"という主張と似ている。
・一定の行動を選択する上で、わらわれは自身の行為からどのような情動が帰結するのか予測する。このようにして感情価マーカーは現在と将来の行動の両方に影響しうる。
感情価マーカーは現在に影響を与える能力によって将来に影響を与える。
・正の情動は維持したいもの、負の情動は取り除きたいもの。
 
○情動と感情価マーカー
・情動はすべて感情価マーカーを含む。
・情動は感情価を持つ身体性評価。
恐怖の身体性評価と負の強化子が一緒になると、恐怖を呼び起こす状況は重要であるという事実が表象されるようになる。
 
●情動は知覚、モジュール
 
○フォーダーのモジュール性についての理論
・知覚システムはモジュール。フォーダーはモジュール性についての最も影響力のある理論を展開している。
①局所性
モジュールは専門の神経機構によって実現。
②特定の障害
モジュールには固有の障害がある。
③強制性
モジュールは自動的に働く。
④速さ
モジュールは素早く出力を生み出す。
⑤浅さ
モジュールからの出力は比較的単純。
⑥アクセス不可能性
より高レベルの処理がアクセスできるモジュールの表象は限られている。
⑦情報遮断性
モジュールはより高レベルの処理の情報によってガイドされえない。
⑧個体発生的な決定性
モジュールの発達には特有のペース、順序がある。
⑨領域特異性
モジュールは限定されたクラスの入力を処理する。
 
○情動はモジュールか?
①局所性、②特定の障害
情動は、特有の障害があるような専門の神経経路に備わっている。
 
③強制性、④速さ
・この記述に合う情動反応もあるが、合わないものもある。他者への愛情が次第に育まれていく場合等。ただ、ひとたび獲得されると素早く強制的に働く。
 
⑤浅さ
情動システムの出力は浅い。それはパターン化された身体変化を表象するが、そうした変化は非常に複雑な処理なしに探知されうる。
 
⑥アクセス不可能性
情動システムは比較的アクセス不可能であるように見える。身体変化を探知する操作は意識的にアクセスできない。
 
⑦情報遮断性
・情動は情報的に遮断されていない?
情動は思考や別の感覚モダリティの表象に導かれるもの。
文化的な情報を含んだ信念や価値も、情動を支える身体的状態に影響しうる。
 ↓一方
・恐怖症や鬱の人などで見られるように、ひとたび情動が引き起こされると、判断等の高次の認知状態はその情動を取り消すことに関して比較的無力である。
・判断はいくらかの影響を与えうるし、判断が情動を引き起こすこともあるし、判断によって情動が変化することもあるが、判断が情動を引き起こす場合、判断は情動反応システムと直接的に相互作用しているわけではない。判断は、情動反応の前段階となる身体変化を引き起こしているだけである。影響は間接的。
 
⑧個体発生的な決定性
・情動は個体発生的に可塑的。
・基本情動は一定の順序で生じるだろうが、基本的でない情動は生涯のうちの様々な時点で生まれる。
・基本的でない情動は個人的・文化的歴史の影響を受けることも多い。
 ↓一方
・情動は徐々に調整されるもの。その調整は、文化によって新しい身体の習慣が発達させられることに応じて行われる。
 
⑨領域特異性
・情動反応の引き金となりうる心的状態の範囲は決まっていない?
・どんなものでも情動反応を引き起こす対象となりうるようにみえるかもしれないが、情動への入力は二つの意味で極めて制限されている。
 第一に、情動は必ずパターン化された身体変化への反応であり
 第二に、情動は必ず中心的関係テーマへの反応である。
 
○受動的、自発的
・情動は二つの意味で自発的。
何かについて適切な仕方で考えることは情動に影響するし、較正ファイルは教育や経験を通して修正されうる。
われわれは、何について考えるべきかを選択することによって、そして、較正ファイルを育むことによって、情動を制御できる。
・情動は二つの意味で自発的ではない。
第一に、確立された較正ファイルに含まれる思考やイメージは自動的に情動を作動させる。
第二に、ひとたび情動が開始されたなら、直接的な介入によってその情動を変更することは不可能。
 
○情動は知覚の一種、情動の役割
・情動を持つことは、文字通りに、世界との関係を知覚すること。
・知覚と同じく情動も、間違っていたり、されには正当化されなかったりする。だが、情動はわれわれがどうすればうまくやっていけるかを見極める手助けとなる情報を伝えうる。
 情動はこうした情報を、どのような適切な判断よりも先に拾い上げることが多い。
・うまく調整された較正ファイルは、身体的動揺を生み出す微妙な手がかりを拾い上げることができる。
 多くの場合われわれは、自分が置かれた状況について反省する前に身体的動揺を知覚する。
 情動は、それを誘発した微妙な手がかりについての意識的なアクセスをわれわれが持つ前に、意識に現れることさえも可能である。
 
※参考資料『ジェシー・プリンツ(2016)はらわたが煮えくりかえる 情動の身体知覚説 勁草書房』

 

●プリンツの"身体化された評価理論"
 
・情動が表象しているのは、自分にとって何が価値あるものかという観点から捉えられた、外的な対象と自分との関係、ということになる。
・情動は中核的関係主題を表象している。
・情動は身体的反応を検出してレジスタしている。
 ↓
・情動は、身体的反応をレジスタすることで、中核的関係主題を表象するところの心的状態。
 
例)蛇に対する恐怖
蛇→蛇の知覚→身体的反応→恐怖の情動、身体的反応をレジスタ
・中核的関係主題
蛇は私にとって危険
・恐怖が身体的反応を検出してレジスタ
→身体的反応は中核的関係主題と法則的に結びついている。
 ↓なぜ?
身体的反応は中核的関係主題に照らして適切な行動の準備だから。(この例では、危険に対して逃走)
進化は、異なる状況に、異なる生理的反応をするようにつくってきた。
 
○評価
・中核的関係主題は、"自分にとっての良し悪しという観点からの自分と状況との関係"のこと。
自分にとっての脅威、自分にとって価値あるものの喪失、ある状況をこのように表象するということは、すなわち、その状況を評価することである。
・評価はラザルスらのように、観念的な思考によってなされるのではなく、身体的反応を通じてなされる。
 
※参考資料『戸田山 和久(2016)恐怖の哲学 ホラーで人間を読む NHK出版』

基本情動、高次の情動

●基本情動
 
・他のすべての情動がそこから派生するようなものが基本情動。
・基本情動は、身体性の評価という点で統一的にまとめられる。
・その他の情動はすべて、基本情動同士の混合物であるが、基本情動が認知によって精緻化されたもの。
 
○プリンツが提案する基本情動のリスト
・負の基本情動として、欲求不満、パニック、不安、身体的嫌悪、分離苦悩、自己嫌悪意識。
・正の基本情動として、充足、刺激、愛着。
 
●高次認知的情動
 
・判断によって再較正されることで、本来のものとはいくぶん異なった環境との関係を表象できるようになった身体性の評価。
 
●較正ファイル
 
・身体性の評価が信念によって再較正されるためには、身体性の評価がその種の判断によって信頼のおける仕方で引き起こされなければならない。
→特定の種類の判断と身体性の評価の結びつきを確かなものにする心的メカニズムを"較正ファイル"と呼んでいる。
・較正ファイルは長期記憶の中にあるデータ構造。
・どの較正ファイルも、同じ(あるいは似た)パターン化された身体反応によって因果的に引き起こされうる表象のセットを含んでいる。
 そして、較正ファイルに含まれる表象によって引き起こされる身体反応の知覚が情動となる。
 また、その情動の内容は較正ファイルの表象によって決定される。
・情動は、較正ファイルに含まれる個々の表象の内容のどれかを表象しているのではなく、むしろ、そうした表象が集団的に追跡しているより抽象的な性質を表象している。
 
○嫉妬
・嫉妬という情動の較正ファイルは、不貞を働いているかどうかを追跡できる表象の集まりであり、そこには恋人が不貞を働いているといった明確な判断が含まれている。このファイルに含まれる表象が起動されると、表象は怒りなどに典型的な身体反応を引き起こし、その反応が身体性の評価を引き起こすことになる。
 
○恥
・恥そのものも文化的に較正された情動かもしれない。
・恥は、自分が道徳規定に違反したことに較正された悲しみであるかもしれない。
・罪悪感とは異なり、恥の較正ファイルには、自分の違反が他人にどんな影響を与えうるかについての思考が含まれている。
・恥は、近しい仲間に悪評が立ちそうな自分の行為という文脈に較正されている。
恥はそうした思考を含んでいるわけではないが、そうした思考が生じたときに生じる。
 
○困惑
・サビーニらは、人を困惑させる引き金には異なる三つがあるという証拠を示している。
失言、自分が注目の中心にいること、他人の社会的アイデンティティを脅かしてしまうこと。
・これが引き起こす情動は、他人から注目されたときに生じる基本情動を較正することによって生み出された別個の情動かもしれない。
・恥は、他人を失望させる違反を自分が犯したときに生じる、注目を歓迎しない感覚。
他人を失望させるかもしれないという懸念は、悲しみや分離苦悩に含まれる要素を生じさせるので、この点で恥は三種類の困惑とは異なっている。
 
 
・較正ファイルには、情動の原因を較正させる表象状態が含まれている。その状態が情動と一定の誘発条件を結びつける。
・一般的に言って、新しい較正ファイルが形成されるためには、新規のファイルに含まれるものが既存の情動の中心的関係テーマと関連していると認識される必要がある。
 
○基本情動と高次認知的情動
・基本情動は、特定の物事によって作動させられるように遺伝的に備わったもの。
・恐怖を例にすると、騒音、視覚的断崖、暗闇、虫や蛇などによって作動させられるように傾向付けられている。これらはすべて感覚器官によって探知できるもの。
 騒音や断崖等についての感覚的表象も較正ファイルを構成すると考えることができる。
→恐怖が生得的であるという主張は、特定の種類の表象から構成される較正ファイルを形成する遺伝的な傾向があるとも言える。
・基本情動もそうでない情動も較正ファイルを持っているが、それぞれのファイルの起源と内容が異なっているだけ。前者は自然選択によって育まれてきたファイルによって較正されているが後者はそうでない。
・基本的でない情動は、すでに存在している情動を流用するために新しいファイルが備わったとき(あるいは、基本情動が混合されたとき)に生まれる。
 新しい較正ファイルは、遺伝的に探知が傾向付けられていない性質に反応するように既存の情動を調律し直す。
・情動はすべて、較正ファイルによって因果的に制御された、身体性の評価。
較正ファイルは原因であって構成要素ではない。どの情動も身体性の評価だけから成り立っている。
 
●情動の混合
 
・混合は二つの基本情動がまとめて結合されたときに生じる。
・混合された情動が生得的なものである可能性もある。
ある種の混合は獲得するのが簡単なのですべての文化で生じているのかもしれない。
 
○軽蔑
・怒りと嫌悪の混合。
・嫌悪は、道徳的な嫌悪のケースなどの比喩的に消化できない"むかつく"ものに適用される。道徳的嫌悪の対象となる人は、社会道徳を侵していて、そうした違反は一般的に攻撃的とみなされる。そして、怒りは攻撃してくるものに向けられる。
 
○愛情
・性欲と愛着の混合。
・性欲の対象と愛着を感じる対象が必ず一致しているわけではない。文化は二つが共にあるように圧力をかける。
・文化は、愛情の混合が生じるかどうか、もし生じるならいつ生じるのか、どれくらい長続きするのかを決定する上で寄与しているだろう。文化は愛情にとって不可欠ではないが、影響力を持っている。
 
●悲しみ
 
・悲しみは喪失によって誘発され、喪失は価値あるものの消失として定義される。
 
●複雑な気持ち
 
○郷愁(nostalgia)
・喜びと悲しみの組合せ。
例)良い思い出にふけっているとき、楽しい日々を思い出すと喜びを引き起こすが、それと同時に過去はもう戻ってこないと自覚すると、喪失、悲しみの引き金となる。
 
○感動を覚える(touched)
・他人の親切な行いに幸福を感じるが、それと同時に以前に自分が感じていた孤独や不安、苦難の感じを呼び起こすと悲しみも感じるかもしれない。
 
○涙
・喜びの涙は安堵を含むことが多い。安堵には過去の苦難を一瞥することが含まれているから。
・現に苦難な状況にいるときにより一層の涙が出るわけではないが、苦難の最も悪い部分が過ぎ去った後で泣くこともある。
 
※参考資料『ジェシー・プリンツ(2016)はらわたが煮えくりかえる 情動の身体知覚説 勁草書房』

 

●死の恐怖と客観的表象
 
・客観的マップは、まさに地図のような空間表象で、その中に自分のいるところが位置づけられている。マップの中に自分が表象されている。
・自分がすることの原因・結果だけでなく、自分の行動とは無関係なことがらについても因果的順序関係を表象し、客観的な因果空間を構成して、自分の行動をその中のヒトコマとして位置づけられるなら、因果について客観的表象をもっていることになる。
・自分の死を表象できるようになるためには、客観的表象が重要。
・自己中心的表象の中には自分はいないので、自分の死は自己中心的表象の中では起こらない。自分の死は自己中心的表象そのものがなくなる。
 
※参考資料『戸田山 和久(2016)恐怖の哲学 ホラーで人間を読む NHK出版』

 

●一次の情動
 
・外界の、あるいは身体の中の刺激のいくつかの特徴が、単独に、あるいは組み合わせて知覚されると、ある情動をともないながら、前もって構造化された形で反応するようになっている。
 そのような刺激の特徴には、大きさ(大きな動物など)、広がり(飛んでいるワシなど)、動き方(爬虫類などの動きなど)、ある種の音(うなり声など)、ある種の身体状態(心臓発作時の苦痛など)などがある。
 それらの特徴は、個々に、あるいは合体して処理され、辺縁系の構成体の一つ、たとえば扁桃体によって感知される。その神経核には指示的(傾向的)表象があり、それが、怒りなどの情動に特徴的な身体状態を生み出す引き金として働くとともに、その情動に適した形で認知のプロセスを変化させる。
 この情動的反応だけでも、たとえば捕食者からすばやく身を隠したり、競合者に対して怒りを示したりと、いくつかの有用な目的を達成することが可能になる。
 人間の場合はこの身体的変化では終わらず、次の段階は、その情動を引き起こした対象と結びつけて"その情動を感じること"、つまり、対象と情動的な身体状態との連結を認識させる。
 
○"感じ"、意識を介入させる必要性
・ある動物や物体や状況(ここではXとする)が恐れを引き起こすということが分かるようになれば、そのXに対して、二通りの行動方法がある。
 第一は、生得的なもの。この場合はXをコントロールしていない。またその行動はXに特有のものでもない。多数の生物、物体、状況が同じ反応を引き起こす可能性がある。
 第二は、その経験に基づくもので、それはXに特有のものとなる。Xについて知っているので、先を考え、ある状況でそれが現れる可能性を予測することができ、その結果、緊急事態的にXへの対応を迫られるのではなく、先取り的にXを回避することが可能になる。
・情動反応を"感じる"ことによって、知識を一般化することができるし、また、たとえばXのごとく見えるものに対して用心するよう、決定をくだすことができる。
・おのれの情動的状態を感じることで、"環境との相互作用の特定の歴史に基づく柔軟な対応"を手にする。
 
●二次の情動
 
・一次の情動は基本的なメカニズムではあるが、それだけで情動的行動の全体を記述することができない。
 二次の情動が生じるのは、自覚を経験するようになり、"物体や状況の分類"と"一次の情動"との体系的な結合を形成し始めるとき。
・辺縁系の構造は二次の情動を支えるには十分ではない。ネットワークは拡張される必要があり、それには前頭前皮質と体性感覚皮質の働きが必要になる。
・一次の情動を伝えるためにすでに用意されているチャンネルを使って二次の情動は表現されている。
 
○二次の情動、情動の経験、仮想的な情動経験が生じているときの有機体の変化
 
①メンタルイメージの構築
・情動のプロセスは、人物や状況について思い浮かべる意識、意図的な熟考からはじまる。こうした熟考は、思考のプロセスの中でつくられるメンタルイメージとして表現される。
 それは、特定の人物との関係の様々な側面、現状に対する内省、そして自分と他人への影響、-要するに、自分がその一部である出来事の内容についての知的評価-に関することである。
・上記イメージに対する神経的基盤は、様々な初期感覚皮質(視覚皮質、聴覚皮質など)に生じる、一連のトポグラフィ的に構造化された表象。それらの表象は、いくつもの高次連合皮質にばらばらに保持されている指示的表象によって構築される。
 
②後天的な指示的表象の反応
・後天的な指示的表象は、生得的な指示的表象の作用下で得られる。後天的な指示的表象が包含しているものは、その個人に特有の経験。
・二次の情動に必要な前頭前野の後天的な指示的表象は、一次の情動に必要な生得的指示的表象とは別のものだが、二次の情動が現れるには一次の情動が必要。
 
③扁桃体と前帯状回領域から身体へ
・前頭前野の指示的表象の反応は、非意識的、自動的、不随意的に、扁桃体と前帯状回皮質に信号となって送られる。
・扁桃体と前帯状回領域の指示的表象は次のように反応する。
 1)自律神経系のいくつかの核を活性化し、末梢神経を介して身体に信号を送る。その結果、内臓は、引き金となった状況と最も一般的に結びついている状況に置かれる。
 2)運動システムに信号を送る。その結果、骨格筋が顔の表情や身体の姿勢の中に情動を具現化する。
 3)内分泌システムとペプチド・システムを活性化し、その化学反応が身体と脳の状態に変化をもたらす。
 4)脳幹と前脳基底の中にある神経伝達物質を放出する核を、特定のパターンで活性化させる。するとそれらが終脳の様々な領域(基底核や大脳皮質など)に化学的メッセージを送る。
 
・上記1)~3)によって引き起こされる変化は、まず身体に作用して"情動的な身体状態"をもたらし、ついでそれが辺縁系ならびに体性感覚系に信号となって戻ってくる。
上記4)によって引き起こされる変化は、身体そのものにではなく身体の調節を担う一群の脳幹構造に生じ、認知プロセスの様式と効率に大きな影響を及ぼす。またそれは、情動反応に対する一つの並行ルートを構成する。
 
・前頭前野に損傷を持つ患者において損なわれている情動処理は、二次のタイプ。こうした患者は、ある種の状況や刺激によって呼び起こされるイメージと結びついた情動を生み出すことができず、それゆえ、それに続く感情を持つことが出来ない。
 しかし、前頭前野に傷を持つ同じ患者が一次の情動をもつことはできる。そういう患者に初めてあったとき、患者の感情が完全であるかのように見えることがあるのはそのため。
 反対に、扁桃体や前帯状回がおかしくなっている辺縁系損傷患者は、通常、一次と二次の広範囲の情動障害を有しており、明らかに感情が弱められている。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

情動と気分、感情、心情、動機付け

●気分(mood)
 
・気分は、生活全般においてわれわれがどのように振舞うべきかを表象している。
気分は特定の出来事によって誘発されるかもしれないが、気分の機能は、一般的にどのようにすればうまくやれるのかを教えること。
 
○気分と情動
・情動は特定の物事ないし状況を指示する。他方で気分は物事や状況を極めて一般的に指示する。
・適切に適用された情動は局所的な物事に対応するが、適切に適用された気分は対極的な条件に対応している。
・情動は他から切り離れた対象や出来事に対応するが、気分は世界のなかでの個人の一般的な立ち位置に反応する。
・悲しみは特定の喪失を表象するが、憂鬱は勝ち目の無い勝負を表象する。
・恐怖は特定の危険を表象するが、不安な気分は一般的な危機を表象する。
・怒りは特定の侮辱的な侵害を表象するが、苛立ちは世界の一般的な侮辱さを表象する。
・情動は切迫した難題に対する反応であり、気分は長続きしうる難題に対する反応。
情動は環境との短期間の関係を表象しており、気分は環境との長期間の関係を表象している。
・情動は、生物と環境との関係における局所的な変化を探知するために備わったもので、他方で気分は、より大局的な変化を探知するために備わったもの。
 
●心情(sentiments)
 
・かつては情動と同義だった。今ではより狭い意味で、好き嫌いを指すものとして使われることがある。また、感情的な傾向性と解釈されることも多い。
・何かを好きになるとは、それに対して特定の情動を感じるよう傾向付けられること。あるものが好きなら、それと関わることで喜びなどの正の感情が生じるはず。
・心情は様々な情動を経験させるよう傾向付ける。心情は、情動をもつ傾向性。
・心情が感情的なものであるのは、まさにそれが情動として顕在化するから。
 
●痛み、疲労、かゆみなど
 
・感情価を持ち、身体状態の変化が関わっているが情動ではない。
情動は身体状態を含んでいるが、身体状態を表象しているわけではない。
・名目的内容としてではなく実質的内容として身体状態を持っている。
・特定の身体状態を表象した感じ。
 
●動機づけ(motivation)
 
・動機づけには、飢え、渇き、性衝動、といった状態がある。
・動機づけは、行為をやめさせたり続けさせたりする。感情価マーカーを持つ。
動機づけは感情的に動機を与えられた行為指令。
 
○動機づけと情動
・飢え、渇き、性衝動は、栄養不足、脱水、興奮といったものを表象しているが、中心的関係テーマを表象してはいない。
・情動は必ずしも動機づけになるわけではない。
情動は身体的要素行為を備えさせ、感情価マーカーは行為に傾けさせる。情動は動機づけを導く。
・情動と動機づけは指令の構造が異なる。
 情動に含まれる感情価マーカーは、内的状態を変化ないし維持させる指令を出す。
 動機づけは内的状態の目標ではなく行為の目標を定める。
感情価はわれわれがどのように感じるかを変化させろと言うが、動機づけはわれわれがどのように行為するかを変化させろと言う。
・情動と動機づけを分離させるのは難しい。二つは一緒になる傾向がある。情動は多くの場合動機づけを生じさせ、動機づけは多くの場合情動によって生じさせられる。
・情動は感情価をもつ身体性の評価であるが、動機づけは感情的状態によって押し出される/引き出される行為指令。そして、動機づけは情動によって押し出されたり引き出されたりすることが多い。
 
※参考資料『ジェシー・プリンツ(2016)はらわたが煮えくりかえる 情動の身体知覚説 勁草書房』

 

●感情と情動
 
・情動と関係する感情もあるが、関係しないものも多い。
・人が油断なく気を配っていればすべての情動は感情を生み出すが、すべての感情が情動に由来するわけではない。
・情動に由来しない感情をダマシオは"背景的感情"と呼んでいる。
・身体的変化が起こると、われわれはその存在を知るようになり、その展開を連続的にモニターする。その連続的なモニタリングプロセスが、あるいは、特定の内容についての思考が進行している最中に身体がしていることを経験することが、ダマシオの言う"感情"の本質。
・情動とは、特定の脳システムを活性化する特定のメンタルイメージと結びついた一連の身体状態の変化である、とすれば、"情動を感じることの本質は、そのサイクルを引き起こしたメンタルイメージを並置しながら、そのような変化を経験することである"。言い換えれば、感情は身体のイメージと"ほかの何か"、例えば顔の視覚的イメージ、メロディの聴覚的イメージなどとの並置にかかっている。
・感情の基盤は、神経化学物質が引き起こす認知のプロセスの変化によっても影響される。
 
●感情の種類
 
○情動に基づくもの
・情動(もっとも一般的なものは、喜び、悲しみ、恐れ、怒り、嫌悪)に基づくものであり、"前もって構造化されている"身体状態の反応の特徴に対応している。
 そうした情動のうちの一つに身体が従っているとき、人間は喜び、悲しみ、恐れ、怒り、あるいは嫌悪を"感じる"。
・われわれが情動と結びついた感情を持っているとき、注意は実質的に身体信号に向けられ、その結果、身体風景の一部が背景からわれわれの注意の前面へと移行する。
 
○上記情動が微妙に変化した情動に基づくもの
・幸福感やエクスタシーは喜びが、憂鬱や沈思は悲しみが、パニックや臆病は恐れが、それぞれ変化したもの。
・この種類の感情は、認知的状態の微妙なあやが情動的身体状態の微妙な変化と結びつくとき、経験によって呼び起こされる。
 
●感情・情動と脳の領域
 
・情動と感情は脳の下方、つまり極めて皮質下的なプロセスの中で生じており、一方、それらの情動と感情修正を加えるものは新皮質で生じている、という見解があるが、ダマシオは支持しない。
 理由は、第一に、情動は皮質下的構造と新皮質的構造の双方のコントロールのもとで起きている。第二に、"感情は他のすべての知覚的イメージと同程度に認知的であり"、他のすべてのイメージと同程度に大脳皮質のプロセスに依存している。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

意識と無意識、自由意志

●人間に自由意志はない?
 
○ベンジャミン・リベットの研究
 
・電極を用いて、手首を曲げるあいだの被験者の脳内で起こるニューロンの活動を記録した。実験前、被験者は手首を曲げようと意識したときの時間を覚えるように指示される。
・リベットはこの意識が準備電位(自発的行動の始まりを示すといわれる脳活動の急上昇)の出現より後に起こるのを実証することによって、人の意識的な願望が行動を引き起こすのではないと結論付けた。
 
○ダニエル・ウェグナーの研究
 
・実際には自由意志を使っていないのに、使っていると思い込ませる場合がありうることを示すために、様々な実験を行った。
・ある実験では、被験者は自分がコンピューターのマウスを使って、カーソルを画面上の対象に動かしていると思い込んでいたが、実際にはカーソルは他の人にコントロールされていた。
 
○行動予測の研究
 
・神経画像を使って筋肉が動く前にどう動くかを把握できた。
・ワシントン大学医学部の神経科学者は、被験者の脳活動をモニターすることによって、彼らが単純な(動いている点の集まりが動く方向を判断する)コンピューターゲームで成功するかどうかを予測することに成功した。
 
○薬、神経伝達物質の作用
 
・調合薬の使用が人格を大きく変容させうる。
・脳内の神経伝達物質レベルの変化が犯罪行動につながりうる。
 
○ガザニガの主張
 
・人の信念は脳によって決定され、人は信念形成装置である。
 
○ウェグナー:意識にのぼる意思の錯覚を維持するのに役立つ3つの要因
 
①先行
・心のなかで意思を決める感覚は行動より前に起こる。
②整合
・人が意識して自らやろうとすることが、最終的にやっていることと整合する傾向がある。
③排他
・思考が行動を引き起こしているという錯覚は、それ以外の明白な原因を特定できない限り維持される。
 
・上記3つの条件がそろっている限り、人は自分の行動が意思によるものだと、たとえそうでなくても知覚する。
 
※参考資料『エリエザー・スタンバーグ(2016)<わたし>は脳に操られているのか インターシフト』

 

●意識と小脳と視床-皮質系
 
・脳の中には約1,000億個のニューロンがあるが、そのうち800億個が小脳にあり、200個が視床-皮質系にある。
 
○小脳
・感覚器官や運動器官を通じて外界との情報交換をひっきりなしに行う。
・視覚的、聴覚的、触覚的、そのほかいろいろな感覚の信号を受け取り、運動指令を発する。
・小脳は、ニューロンの数からいえば最も大きな神経組織といえるが、意識とはほとんど関係がない。
→小脳摘出を行った患者は、歩行や会話など運動に関わる動作が困難になるが、意識に関しては変化が見られない。
・大脳皮質の二つの半球は脳梁によってつながっているが、小脳の二つの半球は互いにつながっていない。
 小脳はいわゆる独立した"モジュール構造"で、無数の同じようなモジュールがばらばらに集まっている。
 小脳はこの特徴のおかげで、体の動きや他の機能を、驚異的な速さと正確さで調整できるといえる。
 日常動作や熟練した高度な動作を意識せずに行うことができるのは、この小脳の特徴のおかげ。
 
○視床-皮質系
・視床-皮質系が広範囲の損傷を受けたり摘出されたりすると、意識がなくなる。
・ごく限られた領域の損傷であっても、その領域に関わる機能が侵され、意識に影響を与える。
 
①視床-皮質系には、違いのレベルが高い要素がたくさん集まっている。
要素ごとに特定の機能を担っている。
 そして、各システム(視覚系、聴覚系など)は、さらに細分化した専門部位(形を見分ける部位、色を見分ける部位など)に分けられる。
 さらに、その部位は、ある特定の刺激(方向、動きなど)に反応するニューロングループを含んでいる。
 
②高度に専門化した視床-皮質系の要素同士にあるつながりは、近距離のものも長距離のものもあり、各要素はそのネットワークに乗って、すばやく効率よく反応できる。
 専門化されているのに、完全に統合されている。
 
※参考資料『マルチェッロ・マッスィミーニ(2015)意識はいつ生まれるのか 亜紀書房』

 

●ダマシオが主張する意識の概要
 
・意識のプロセスのいくつかの側面を脳の特定の部位やシステムの作用と関係づけることができる。
・意識と低いレベルの注意、意識と覚醒は、どちらも分離できる。
・意識と情動は分離できない。通常、意識に障害が起こると情動にも障害が起こる。
・意識は単純なものと複雑なものに分けることが可能。
 
○中核意識
・有機体に一つの瞬間"いま"と一つの場所"ここ"についての自己感を授けている。
・中核意識の作用範囲は"いま・ここ"である。
・中核意識が未来を照らすことはない。また、この意識によっておぼろげに感知する唯一の過去は、一瞬前に起きた過去である。"ここ"以外に場所は無く、"いま"の前も後もない。
・単純な生物学的現象。そこには単一レベルの構造しかない。
・有機体の一生を通じ、安定している。
・通常記憶、ワーキングメモリにも、推論や言語にも依存していない。
 
○延長意識
・有機体に精巧な自己感を授け、また、生きてきた過去と予期される未来を十分に自覚し、また外界を強く認識しながら、その人格を個人史な時間の一点に据えている。
・通常記憶とワーキングメモリに依存。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2003)無意識の脳自己意識の脳 講談社』

情動と意識、脳内での処理

●無意識の情動
 
・情動は中心的関係テーマについての情報を担うが、中心的関係テーマは無意識的にも表象されうる。
・情動は無意識的に生じる別の役割も果たすと考えられてもいる。
情動は、行動反応の準備をさせたり、思考過程を開始させたりすることができる。また、文化的価値を組み込むことが出来、そして、道徳的な行いを動機づけうる。
こうした影響はどれも、本来的に意識と結びついているわけではない。
 
●意識のAIR説
 
・"注意を向けられた中間レベル表象(Attended Intermediate-level Representations)"
 
○注意(オルスハウゼン、アンダーソン、ファン・エッセンによる提案)
・注意は脳内の情報の流れを調整する過程。
われわれが注意を働かせるとき、ある脳領域の細胞が別の脳領域へ信号を信号を送れるようになる。
 
○意識のAIR説
・プリンツの考えでは、知覚的な注意で可能になっている情報の流れは、脳の知覚中枢と外側前頭前皮質のワーキングメモリ中枢の間のもの。
・視覚の場合、ワーキングメモリへの経路は主に高レベルの知覚領域に始まる。そのため、中間レベルは高レベル領域を介してワーキングメモリに情報を送ることになる。
 プリンツの推測では、ワーキングメモリには、高レベルの視覚表象の一時的な記録と、その記録が高レベルに現れる前にどのようにして中間レベルから派生してきたのかという記録が、ともに含まれている。これら二つの情報があり、ワーキングメモリ領域から中間レベル領域へ情報が送り返されることで、脳は中間レベル表象を再生産できるようになる。
 この考えが正しければ、ワーキングメモリには中間レベル表象のコピーは含まれていないが、そうした表象と遡って再生産させる指令が含まれていることになる。こうした指令はダマシオが"潜在的表象(dispositional representation)"と呼んだものである。
・まとめると、注意とは、ワーキングメモリに潜在的表象を形成させるような仕方で、中間レベル表象が高レベルの知覚処理領域に投射される過程。この考えが正しければ、意識は、知覚、注意、ワーキングメモリが一緒になって働くことで生じるということになる。
・プリンツは、意識が生じるのは、中間レベル知覚システムがワーキングメモリへの"ドアを開く"ときだ、と比喩している。
・意識のAIR説は視覚的意識を説明する理論だが、プリンツはこの理論で他の感覚モダリティ、情動も説明できると考えている。
 
※参考資料『ジェシー・プリンツ(2016)はらわたが煮えくりかえる 情動の身体知覚説 勁草書房』

 

●情動の脳内での処理、情動処理の階層
 
○ダマシオの仮定
・橋、体性感覚皮質、島皮質と結びついていた一次身体表象は自己調節の役割を果たすと想定。
・二次身体表象は、経験を通して調節され、行動のガイドとして利用できる統合されたフィードバックを与えるために、一次表象を再表象する。
・ダマシオはこうした図式を前帯状皮質に位置づけているが、それには島皮質や二次体性感覚皮質も関わっていると思われる。それらは一次体性感覚皮質から入力を受け取ることで身体反応パターンを表象することが可能になる。
・一次・二次身体表象は情動意識の基礎となるのではないかと推察している。
 
○身体表象の高レベル処理の仮説
・視覚処理の高レベルは認識において役割を果たしている。そのレベルでは、視点に依存した特異性が捨象される。
 身体表象の場合にそれに相当するのは、前のレベルでの処理で表象されていた複数のパターン化された身体表象の共通点を探知する処理と思われる。低レベルのシステムは局所的な身体変化を探知し、中間レベル身体システムは身体変化のパターンを探知し、仮説上の高レベルシステムは、いくつかの一定のパターンを似たものとして扱い、そうしたパターン同士の差異を捨象する。
 もしこうした身体的階層が存在し、そして、情動的階層も存在しているなら、最高レベルは情動の認識が行われる処理だと予想される。
 
○高レベルの情動処理システムの解剖学的位置の推測
①前頭前皮質腹内側部(VMPFC)
・ダマシオが情動に敏感な意思決定と結び付けている領域。
・ダマシオによれば、VMPFCは、将来の行為の感情的コストと利益を予測するために必要な、トップダウンに制御された情動の再活性化において役割を果たしている。
 この機能は、高レベルの認識機能と整合的である。
②前帯状皮質吻側部(rACC)
・レイン、フィンク、チャン、ドーランの研究で、この領域にレインが"再帰的情動意識"と呼ぶものがあることが示唆されている。
 
○プリンツの情動階層の仮説
①橋と一次体性感覚皮質
身体の局所的変化(内臓、骨格筋、ホルモンレベルなど)を捉える。
②島皮質と二次体性感覚皮質と背側前帯状皮質(dACC)
局所的変化が統合され、身体パターンが出来上がる。
③前帯状皮質吻側部(rACC)と前頭前皮質腹内側部(VMPFC)
中間レベルで探知された複数のパターンの差異が捨象され、情動の認識が成立する。
・AIR説では、情動的意識は中間レベルの階層で生じると予測する。
 
○帯状皮質と情動
・レインはニューロイメージングを使った研究で、自分の情動を報告するように言われた場合、被験者のrACCの活動の増大が見られた。
 このことは、rACCは自分の情動を認識するうえで重要であると考えれば説明できる。
・レインは被験者が情動的な意味合いを帯びた画像や動画を見たり情動の記憶を思い出したりしているとき、dACCの領域が活動するのを発見している。
・レインらは、自分の情動により気づいているようにみえる被験者ではdACCの活動が増大していることを発見した。そうした人は情動をより強く経験しているのではないかと考えている。
・レインはdACCは"情動の現象的気づき"の座であると結論している。
・前帯状皮質の損傷は様々な情動障害に結びつく。
 人間以外の動物の場合、感情によって調整される発声や自律反応に障害をもたらすだけでなく、攻撃性、他者への関心、痛みに対する嫌悪、回避学習、母性行動、分離苦悩、に障害をもたらす。
 人間の場合、無動無言症を引き起こす。この症状の患者は、知覚したり言語を理解したりする能力は維持されているにも関わらず、動機づけが深刻なほどになくなってしまう。何らかの行為をとることはないし、話しかけられてもほぼ反応しない。情動を経験することが不可能であるようにみえる。
 
○情動はなぜ常に無意識ではないのか?意識の機能
・意識は情報がワーキングメモリに送られたときに生じるものであるなら、ワーキングメモリに行くことが意識状態の機能かもしれない。
 ワーキングメモリは、単なる一時的な貯蔵場所ではなく、統制された推論や問題解決が行われる場所。事前準備がなされておらず、文脈に応じた反応を編成する。そうした反応は"熟慮"と呼べる。(かなり準備された反応は、熟慮なしに遂行されうる)
・意識と熟慮反応の結びつきにおいては、中間レベルが重要。低レベルの知覚表象は、断片的すぎて熟慮反応中枢にとっては特に有用ではない。中間レベルの情報があれば十分。一方、高レベル表象は、認識のレベルである事が多いが、反応を決めるうえで決定的な情報が捨象されているかもしれないのでそれ自体では不十分。視覚の場合では、高レベル表象は位置や視点が捨象されているので、逃げる反応をする場合には不十分で、中間レベルが必要。
・中間レベルが特別であるのは、それが視点的だから。中間レベルは、世界の中での自分の位置を踏まえた反応を促進する。高レベルの視知覚は、自分がどんな状況にいるか(たとえばどういった対象に直面しているのか)を伝えるものであり、中間レベルは自分がどのようにしてそうした状況に置かれているか(たとえば、対象は近くにあるか遠くにあるか)を伝える。
・意識は中間レベルにおいてのみ生じるものなので、視覚的意識の役割は、熟慮反応を編成するワーキングメモリ構造に視点が除去されていない表象を利用可能にすることだとプリンツは考えている。
・上記と同様のことが情動にも言える。
情動階層の低レベルは身体変化をそれぞれ別個に切り離して記録するので、中心的関係テーマを探知するために自身の身体を用いようとする場合、切り離された反応はほとんど役に立たない。
 例えば、"鼓動の早まり"は、高揚、恐怖、激怒のどの情動にもなりうる。こうした異なる情動を区別するためにはパターン全体を記録できなければならず、それは中間レベルで記録されている。
 高レベルは、パターン同士の差異を捨象し、逃走も硬直も恐怖の情動であるように扱う。
 適切な行為が何かを熟慮するためには、身体が事前に選んでおいた反応、すなわち中間レベルの情報を考察することが手助けになる。

※参考資料『ジェシー・プリンツ(2016)はらわたが煮えくりかえる 情動の身体知覚説 勁草書房』

推論・意思決定と脳内の処理

●意思決定
 
・進化的視点からは、意思決定装置は古いものから順に以下のものが挙げられる。
①基本的な生体調節に関するもの
②個人的、社会的領域に関するもの
③一連の抽象的な象徴操作と関わるもの。この抽象的な象徴操作のもとに、技術的・科学的推論、実用工学的推論、言語と数学の発達などがある。
 
●前頭前皮質損傷と推論・意思決定障害
 
①損傷部に腹側部が含まれると、両半球の前頭前皮質の損傷は常に、推論・意思決定ならびに情動・感情の障害と関連している。
②推論・意思決定ならびに情動・感情の障害が、ほとんど影響を受けないその他の神経心理学的特徴と比べて顕著であるなら、損傷は腹内側部で最も大きい。さらに、この障害により個人的・社会的領域が最も影響を受ける。
③前頭前野に損傷がある場合、背側部と外側部の損傷の程度が、腹内側部以上ではないにしてもそれと同程度であるときは、推論・意思決定の障害はもはや個人的・社会的領域にとどまらない。またそうした障害は、情動・感情の障害同様、物や言葉や数を使った検査によって認められる注意や作動記憶の欠陥を伴う。
 
●推論・意思決定と情動・感情の障害に関わる部位
 
①前頭前・腹内側皮質
・ここを損傷すると誰にでも分かるほど純粋な形で推論・意思決定と情動・感情の双方の機能を、それも特に個人的、社会的領域において弱めてしまう。
・理性と情動は前頭前・腹内側皮質で"交差"し、それらはまた"扁桃体"でも"交差"している。
 
②体性感覚皮質
・ここを損傷すると推論・意思決定と情動・感情の機能を衰退させ、さらに基本的な身体信号のプロセスも阻害してしまう。
 
③腹内側部以外の前頭前皮質
以下の二つのパターンがある
・障害がきわめて大々的で、個人的、社会的領域だけでなく、あらゆる領域の知的作用を衰退させる。
・障害がより選択的で、言語、数、物、空間に関する作用をより衰退させる。
 
④扁桃体
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

 

●認知症、適応的意思決定
 
○真実の意思決定と適応的意思決定
・真実の意思決定:決定論的で、正しい解答は一つしかない。
・適応的意思決定:曖昧で、いかようにも解釈でき、人によっても異なる。
 
○認知症との関わり
・認知症の初期段階では、真実の意思決定よりも適応的意思決定のほうが先に衰えてくる。
・実際、認知症患者の初期徴候として、優柔不断でためらいがちになり、意思決定のときに他人に頼るようになるなどが見られる。
 
●前頭葉は傷つきやすい
 
・前頭葉はアルツハイマー病の非常に早い段階で機能障害に陥り、患者は曖昧な状況で物事を決定することができなくなる。
・年相応の健常な老化でも、記憶力と同程度に前頭葉の機能も衰えが認められる。
 
※参考資料『エルコノン・ゴールドバーグ(2007)脳を支配する前頭葉 講談社』

情動と推論・意思決定、ソマティック・マーカー仮説

●情動と理性
 
・情動と感情のプロセスは合理性にとって不可欠。
・感情が最善の状態にあるとき、感情は人間をしかるべき方向に向け、意思決定という空間のしかるべき場所、つまり論理という道具を十分活用できる場所へと導いてくれる。
・情動と感情のおかげで、そしてそれらの根底にある目に見えぬ生理学的仕組みにより、不確かな将来を予測し、それに基づいて行動を計画するというやっかいな仕事が出来る。
 
●推論・意思決定と情動
 
・人間の脳には、"推論"と呼ばれている目的志向の思考プロセスと、"意思決定"と呼ばれている反応選択の双方に向けられた、それも特に個人的、社会的領域が強調されたシステムの集まりがある。
 このシステム群に何らかの原因で障害が起きても、知性や合理性そのものはまったく影響を受けない、つまり、あらゆる心理学的検査を"正常"でパスする可能性がある。
 にもかかわらず、実生活におけるその個人の推論と意思決定はひどく妥当性を欠き、同時に感情は異常なほどフラットで、特に喜んだり悲しんだり怒ったりすることはない。
 
個人的、社会的領域における推論と意思決定のプロセスが密接につながっている一群のシステムは、感情の処理においても重要な役割を演じている。
 一瞬一瞬が意思決定である日常生活において合理的な推論とそれに基づく意思決定を行うことができるのは、感情というものがあるからこそということになる。
 
・社会的知識があり、推理力があり、個人的、社会的領域での意思決定に必要な現実的知識の処理に関わる、注意や作業記憶に欠陥がなくても、推論の後半段階における"選択"で問題が生じる場合がある。
 
・前頭前皮質に傷を持った患者の研究では、どの患者にも必ず"意思決定障害と平坦な情動と感情"という組合せを見て取ることができた。
 この障害の神経心理学的特徴は、基本的な注意、記憶、知性、言語がまったく影響を受けていないので、それらによってこの障害を説明することはできない。
 
●基本的な生体調節と行動調節
 
・基本的な生体調節と関わっている脳構造は行動調節にも関わっていて、認知プロセスの獲得と正常な機能にも不可欠。
・視床下部、脳幹、辺縁系は身体の調節だけでなく、たとえば知覚、学習、想起、情動と感情、そして推論と創造性といった心的現象のよりどころであるすべての神経的プロセスにも介入している。
・合理性の器官は伝統的に"新皮質的"であるとされてきたが、その器官は、これまた伝統的に"皮質下的"とされてきた生体調節器官なしには機能しない。
 自然は合理性の器官を生体調節の上に組み立てただけではなく、合理性の器官から生体調節器官を使うようにして組み立てた。
 
・身体の調節、生存、そして心は、密接に絡み合っている。この絡み合いは、生物学的組織の中で起きていて、化学的、電気的信号を使っている。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

 

●ソマティック・マーカー仮説
 
・例えば、特定の反応オプションとの関連で悪い結果が頭に浮かぶと、ある不快な"直感"を経験する。その感情は身体に関するものなので"ソマティック"と名づけている。そして、その感情は一つのイメージをマークするので、"マーカー"と名づけている。
 
・"ソマティック・マーカー"は、特定の行動がもたらすかもしれないネガティブな結果に注意を向けさせ、"この先にある危険に注意せよ。もしこのオプションを選択すればこういう結果になる"と警告し、自動化された危険信号として機能する。
 この信号は、ネガティブな行動を即刻はねつけ、他の選択肢から選択するように仕向ける。
 この自動化された信号により、リスクを回避することができるだけでなく、少数の選択肢から選択できるようになる。
 
・ソマティック・マーカーは、二次の情動から生み出された特別な感情の例。その情動と感情は、学習により、いくつかのシナリオの予測結果と結びついたもの。
 
・ソマティックマーカーは、何かを熟考するわけではなく、いくつかのオプション(危険なもの、あるいは好ましいもの)を際立たせ、その後の考察の手間を大幅に減らすことで熟考の手助けをしている。
 
・自動化された予測選抜システム、一種のバイアス装置とも言える。
 
・"ソマティック・マーカー"という"二次の情動から生み出された特別な感情"が、いわば自動化された危険信号として機能し、多数の行動オプションのうちネガティブなものをふるい落とし、少数の選択肢から選択できるようにしている。
 そして、合理的推論がなされるのは、この自動化された段階を経た後のことである。
 意思決定のプロセスにおいて、情動や感情が本質的な役割を果たしている。
 
・生物学的衝動と情動が、ある種の状況では非合理性をもたらすとしても、それらが不可欠という状況もある。状況によっては客観的な事実を度しがたくゆがめたり作業記憶のような意思決定の支援メカニズムに影響を及ぼしたりして、合理的な意思決定に有害なものになることもある(ダニエル・カーネマンの研究等)が、特に個人的、社会的領域における合理的な行動にとっては本質的に重要なもの。
 
○二次の情動、文化
・合理的な意思決定に使っているソマティックマーカーの大半は、教育と社会化のプロセスにおいて特定の刺激を特定の身体状態と結びつけることにより、脳の中でつくられたもの。二次の情動のプロセス。
・適応的なソマティックマーカーを作り出すには、脳と文化の双方が正常であることが必要。
 
●ソマティック・マーカーのための神経ネットワーク
 
・ソマティック・マーカーが信号作用を獲得するうえで重要な神経システムは、前頭前皮質にあり、大部分は二次の情動のための重要なシステムと同じところにある。
 
○前頭前皮質の位置における重要性
前頭前皮質は、思考を構成するイメージを作り出しているすべての感覚領域から信号を受け取っている。
 
①体性感覚皮質
・過去と現在の身体状態が継続的に表象されている体性感覚皮質。
 
②生体調節部位
・脳の中のいくつかの生体調節部位から信号を受け取っている。そうした部位には以下がある。
 ・脳幹内にある神経伝達物質放出核(ドーパミン、ノルエピネフリン、セロトニンなど)
 ・前脳基底内の神経伝達物質放出核(アセチルコリン)
 ・扁桃体
 ・前帯状回皮質
 ・視床下部
 
③偶発的な出来事の類別化
・前頭前皮質それ自体が、その有機体が関わってきた状況の類別、すなわち、実生活の経験という偶発的な出来事の分類を表象している。
・個人が経験した物事に対する指示的表象を個人的な関わりに従って作っている。
 
④脳内の化学反応、運動反応の直結
・前頭前皮質は、脳の中の運動反応や化学反応の一つ一つと直接つながっている。
 前頭前・腹内側皮質は、自律神経系の効果器に信号を送り、視床下部と脳幹の情動と関係した化学反応を活性化することができる。
 
●ソマティックマーカーの"あたかも"的メカニズム
 
・基本的なメカニズムでは、前頭前皮質と扁桃体により身体が特定の状態を帯びるようになっていて、その結果が信号で体性感覚皮質に送られ、それに注意が向けられ、意識的なものになる。
・"あたかも"的メカニズムでは、身体はバイパスされ、前頭前皮質と扁桃体は体性感覚皮質に対して、ある明白な活動パターンを自ら作り出すように命じるだけ。その活動パターンとは、もし身体がしかるべき状態に置かれ信号が情報に送られていれば、体性感覚皮質に生じていたはずの活動パターン。
 こうして体性感覚皮質は、あたかもそれが特定の身体状態に関する信号を受け取っているかのように機能する。
 
●感情抜きの決断
 
・身体状態が本物であろうとあたかも的なものであろうと、多くの重要な選択には感情が伴うが、明らかに感情抜きになされるものもある。
・感情抜きの場合は、身体状態またはあたかも的なものに対する信号が活性化されてはいたが、それに注意が向けられていなかった、ということ。
・感情抜きの場合でも、ひそかに認知プロセスにバイアスをかけ、推論と意思決定の様式に影響を与えることもあり得る。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

 

●ソマティック・マーカー仮説
 
・眼窩前頭皮質が損傷していると、ソマティック・マーカーシステムが十分に機能せず、意思決定に苦労する。
・目先の利益が得られるリスクの高いカードの山と、長期的に利益が得られる安全なカードの山、どちらかからカードを引く、ギャンブル課題のような行動テストで評価
→被験者が前者のカードの山のカードを引いて大きく損をすると、このパターンを損失と失望と怒りに結びつけるソマティック・マーカーができる。
 健康な被験者の場合、脳の情動に関わる部位が正常なので、このプロセスがスムーズに起こるが、眼窩前頭皮質が損傷しているとソマティック・マーカー・システムの働きを妨げ、慎重な選択を行う能力を侵害する。
・ソマティック・マーカーは本人が気づいていないときでも意思決定に影響する可能性がある。公平な心で決断をしていると思っていても、実際には無意識のバイアスがかかっている。
・ソマティック・マーカーは人の決断を決めるわけではなく、影響をおよぼすだけ。その影響が自動的に引き起こされたあと、意識のある自己が最終的な決断を下す。
 
※参考資料『エリエザー・スタンバーグ(2016)<わたし>は脳に操られているのか インターシフト』

●"心をもつ"ことについて
 
・脳は刺激と反応を結んでいる回路の中に、多くの中間的段階を持ち得るが、それでも、もしそれらが次の本質的条件を満たしていなければ、脳が心をもつことはない。
 ↓
内的にイメージを提示し、"思考"と呼ばれるプロセスの中でそれらのイメージを順序だてて配列する能力。
 
・行動と認知作用を併せ持つ有機体はいる。逆に、知的に行動するが心を持たない有機体もいる。しかし、心をもち行動しない有機体はいない。
→有機体が"心をもつ"ということは、その有機体が、"イメージになり得る、思考と呼ばれるプロセスの中で操作し得る、そして、将来の予測、計画、次なる活動の選択等を手助けすることで最終的に行動に影響を及ぼし得る、そんな神経的表象を形成する"ことを意味している。
 
●心はどのように統合されるのか?
 
・だれもが持っている心の強い統合感はいくつかの大規模なシステムの調和の取れた活動からきている、つまり分離している様々な脳領域での神経活動のタイミングを同期させることで実現している。
・たとえ活動が解剖学的に分離したいくつかの脳領域で起こっていても、それがほぼ同じ時間の窓の中で起こっていれば、状況の背後にあるすべての部品を繋ぎ合わせ、あたかもすべてが一つの場所で起こっているかのような印象をもたらすことは、可能と思われる。
 
・時間結合によって生じる基本的な問題は、意味ある結合がなされて推論と意思決定が起こるのに必要な時間だけ、様々な部位における要の活動をずっと維持していなければならない、ということがある。
→時間結合には、強力で効果的な注意と作動記憶のメカニズムが必要。
 
※参考資料『アントニオ・R.ダマシオ(2000)生存する脳 講談社』

注意バイアス

・他をさしおいて何かに注目する心の傾向を"注意バイアス"と呼んでいる。
・感情にまつわるバイアスは、一瞬のうちに意識の下で発生する。
・注意プローブ課題などの手法によって、楽観的な人はものごとの明るい面に、悲観的な人は暗い面に向かうバイアスがかかりやすいことが分かっている。
 心配性の人や悲観的な人はネガティブなものごとに引き寄せられる一方、ポジティブなものごとを避けている。
 
○視覚のバイアス、注意プローブ課題
・被験者の前に置かれたコンピューターの画面に、楽しげな写真と嫌な感じの写真をペアにして左右に映し出し、どちらがより被験者の注意をとらえるか調べる。
・手順
①ペアの写真を表示
②0.5秒程度で消える。
③画面の左右どちらかに小さなプローブがあらわれる。
④被験者がそのプローブを見つけたら手元のボタンをできるだけ急いで押す。
→ペアの写真のうち、注意を引く画像があった場所にプローブがあらわれると、それを素早く検知することができる。
→被験者の注意バイアスの偏りを計測することが出来る。
 
※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』

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