※目次をクリックすると目次の下部にコンテンツが表示されます。
自然免疫と炎症
●自然免疫と炎症 ・下等生物にも見られる進化的に古い免疫系で、感染防御の最前線で病原体を速やかに排除する役割を担っている。 ・自然免疫系が環境由来の病原物質、あるいは細胞崩壊で生じた内因性危険物質などを適切に排除できないために、慢性炎症が続き、生活習慣病を引き起こしている。 この炎症は、発赤、疼痛、腫脹などは見られないものの、ダイナミックなプロセスで、長期間続けば、組織は改変され、徐々に機能が失われ、臓器不全に進行する。 ①トル様受容体(TLR) ・細菌、真菌、寄生虫、ウィルスといった様々な種類の病原体の構成成分を認識する。リポタンパク、リポ多糖類、ウィルスのRNAなどに共通の分子パターンを認識するため、パターン認識受容体と呼ばれている。 ・危険物質と結合した受容体は細胞内の転写調節因子NF-κBを活性化させ、TNF-α、IL-2などの炎症サイトカインの産生と分泌を促進する。 ②炎症性サイトカイン ・サイトカインは白血球系の単球を局所に引き寄せ、炎症性M1マクロファージや抗炎症性作用のあるM2マクロファージに分化させる。 ③マクロファージ ・脂肪、膵島、血管内皮、神経などに単球やマクロファージが浸潤し、炎症が起こる。 ・これが長期に続くと細胞の壊死と再生が繰り返され、組織の改変が起こり、病が発症する。 ●炎症が続く原因 ・炎症反応を抑制している制御性T細胞の機能不全が挙げられる。この細胞の機能不全により免疫寛容が十分に誘導されない、または免疫寛容を引き起こし病原体が除去できないために炎症が続く、という可能性が考えられている。 ※参考資料『金子義保(2012)炎症は万病の元 中央公論新社』
自然炎症
●自然炎症 ・Toll様受容体(TLR)などのパターン認識受容体は、病原体に共通する特定の成分だけでなく、一部の自己成分も認識している。 ・マクロファージ、好中球などの食細胞は、病原体だけでなく内在性リガンド(リガンド:特定の受容体に特異的に結合する物質)を認識しても活性化し、炎症を起こす。→自然炎症 ・自然炎症の代表的な例は、からだの中で大量の細胞がネクローシスを起こして死ぬような場合。外傷、火傷、薬物、放射線などが誘引。 ・自然炎症がなぜ起こるかについてははっきりと分かっていないが、マクロファージや好中球が集まり、損傷部位が取り除かれたり、修復のための専門細胞が集まり、組織の再建に取り掛かるなど、組織の修復に関わっていると考えられる。 ・自然炎症が、通風、アルツハイマー病、動脈硬化、糖尿病などの様々な疾患の原因となっている可能性がある。 ●免疫と自然炎症 a)病原体の感染 b)内在性リガンド(虚血、細胞ストレス、細胞死) ↓ TLRなどのパターン認識受容体で感知 ↓ a)獲得免疫 b)自然炎症(壊れた組織の排除・修復) ↓誤作動や行き過ぎで a)各種の自己免疫疾患 b)各種の炎症性疾患 ※参考資料『審良静男,黒崎知博(2014)新しい免疫入門 講談社』
●炎症と慢性疾患 ・炎症は、体の中で何か正常でないことが起きている兆候、つまり、体が有害な刺激を受けているシグナルである。 その原因としては、病原体、細胞の損傷、刺激物などいくつもの可能性が考えられる。 炎症が長引き、程度がひどくなると、心身の両面に害を及ぼす。 ・研究者は、心疾患、アルツハイマー病、がん、自己免疫疾患、糖尿病、老化の加速など、致命的な進行性疾患と炎症との関連を発見しつつある。炎症はあらゆる慢性疾患と関連があり、体のシステムのバランスを崩して、健康に悪影響を及ぼしている。 ※参考情報『デイビッド・B.エイガス(2013)ジエンド・オブ・イルネス 日経BP社』
インフルエンザと炎症
●インフルエンザの経験とその後の悪影響 ・インフルエンザによって免疫を獲得するが、その過程で多くの炎症を経験したことが、永続的な負の影響を及ぼすことがある。 ・インフルエンザは多くの炎症をもたらすばかりか、その過程で有害な痕跡を残す。サイトカインという化学物質が放出され、血管を老化させる。 ・インフルエンザワクチンは、仮にインフルエンザへの感染を防げなかったとしても激しい炎症を起こさずに済むという効果はある。 ・2006年、米国心臓協会と米国心臓病学会は、冠状動脈疾患やアテローム性動脈硬化症の患者への二次予防策(病気の重症化を予防する策)としてインフルエンザ予防接種を推奨した。 これは、心血管疾患の患者に毎年インフルエンザワクチンを接種すれば、致命的な心臓発作や脳卒中を防ぐだけでなく、あらゆる病気で亡くなるリスクも下げる事ができるという、複数の研究結果に基づくもの。 ※参考資料『デイビッド・B.エイガス(2013)ジエンド・オブ・イルネス 日経BP社』
●かぜに対する薬 ・ウィルスが増殖して炎症の範囲が広がると、体内ではプロスタグランジンという発熱や痛みの原因となる物質がつくられる。発熱によって熱に弱いウィルスに対抗している。 →薬を飲んで熱を下げてしまうと免疫力の妨げとなってしまう。 ※参考資料『岡田正彦(2015)医者が絶対にすすめない「健康法」 PHP研究所』
免疫、炎症とがん、アスピリン
●ガンと免疫 ・免疫系が正常に働いているときは、誕生したがん細胞はNK細胞などの免疫担当細胞に攻撃され、排除される。 マクロファージ:TNFなどの腫瘍壊死因子を放出してがん細胞を攻撃 キラーT細胞:悪性黒色腫、肝がん、大腸がん細胞などを攻撃 NK細胞:種々のタイプのがん細胞を攻撃 NK細胞の活性は、ストレスによって抑制される。 ※参考資料『室伏きみ子(2005)ストレスの生物学 オーム社』
●慢性炎症と遺伝子変異 ・二つの生化学的経路を介して遺伝子変異を引き起こす。 ①フリーラジカルを介す 慢性炎症 →活性酸素や活性窒素などのフリーラジカル産生 →DNAを損傷し、ゲノムを不安定化させる ②遺伝子編集酵素(AID)と関連 ・AIDは、正常時にはリンパ球のB細胞でしか発現されていないが、慢性炎症によりNF-κBが活性化されると他の組織の細胞でも産生される。 実際に、C型肝炎ウィルス感染、ピロリ菌感染、潰瘍性大腸炎などにより、それぞれの組織の細胞内でAIDが産生されている。 ・AIDはがんの三段階(遺伝子変異、腫瘍形成、転移・浸潤)のいずれの段階にも発ガンを促進させる方向に働く。 ○がんは慢性炎症により発症? ・アスピリンなどの非ステロイド性抗炎症剤(NSAID)を服用している患者で大腸がんの発症率が低いのはその証拠? ※参考資料『金子義保(2012)炎症は万病の元 中央公論新社』
●炎症とDNA修復、がん ・慢性的な炎症にさらされると、体はDNAの修復プロセスを停止する。 DNAの修復プロセスには多大なエネルギーが必要とされるので、体はいったんその作業を中断して、エネルギーを炎症の修復に集中させる。 DNA修復が停止されている間、体はがんやその他の疾患に冒されやすくなるのではないかと考えられている。 炎症が治まるとDNA修復が再開されるがすでに手遅れになっていることもある。がん細胞が増殖を始めており、DNA修復機構は役に立たず、がんが進行してしまう、という仮説がある。 ・高コレステロール血症の治療に関する20数件のランダム化比較試験を分析したところ、HDLが増えるとがんのリスクが下がる事が分かった。 研究者は、どちらが原因でどちらが結果かは分からないと述べているが、この発見は、HDLが抗炎症と抗酸化の機能を持ち、がんを抑制し得ることを示唆している。 ●アスピリン ・少量のアスピリンを服用していると、一般的ながんにかかって死ぬ確率が低くなる。 毎日、少量のアスピリンを服用していると、血栓を予防することができ、心筋梗塞や脳卒中になりにくい。 イギリスの研究者によると、約25000人の患者を対象とする8つの長期的研究から、5年間にわたって毎日75mgのアスピリンを摂取すると、通常のがんによる死亡リスクが10~60%減少することが分かった。 アスピリンは(消化管や脳における)出血などの副作用があるので、すべての人に常用を勧めることは慎まれてきた。 ・2013年3月、英国の研究者、長期に渡る5つの研究の結果を再検討したもので、患者の総数はおよそ1万7千人。少量のアスピリン(75mg以上)を5年以上毎日服用すると、転移性のがんを発症するリスクが36%低くなり、肺がん、大腸がん、前立腺がんなどの一般的ながんを発症するリスクが46%低くなった。 ・2013年3月、オックスフォード大学の研究者、51件の長期的なランダム化比較試験からデータを抽出したもので、対象となった7万人を、アスピリンを服用した人、しなかった人に分け、その結果を調べた。すると、3年間毎日アスピリンを服用すると、がんを発症するリスクが約25%低くなることが明らかになった。5年間服用すると、がんで死亡するリスクが37%低くなった。 ※参考資料『デイビッド・B.エイガス(2013)ジエンド・オブ・イルネス 日経BP社』
ネットニュースによる関連情報
●アスピリンによって肥満者のがんリスクが低下? ・1,000人近くのリンチ症候群患者(DNAの複製ミスをもとに戻す働きをもつ遺伝子の変異を持ち、がんが起こりやすくなる症候群)を集めて10年以上にわたって追跡調査。 ・データ解析の結果、肥満者はそうでない者に比べて発症リスクは2.75倍高かった。しかし、アスピリンを服用していた者は、肥満であっても発症リスクの上昇はみられなかった。 →肥満は炎症反応を上昇させるが、炎症を抑える作用を持つアスピリンによってリスクが低下したものと思われる。
●アスピリン服用と大腸がんとの関係 ・大腸がん形成の初期に、上皮成長因子受容体(EGFR)の過剰発現が起こることを発見した。 ・アスピリンの常用でEGFRの発現を正常化し、かなりの程度抑えられることがわかった。
●予防としてのアスピリンの常用の期待と懸念 ・アスピリンの使用は心臓発作や脳卒中を予防する。 ・いくつかの研究ではアスピリンががん予防、とりわけ直腸結腸がんの予防に効果があることを示唆する研究もある。 ・米国予防医学タスクフォースではアスピリンが高血圧や高コレステロール、喫煙や糖尿病など心血管疾患の高リスク者に対して予防措置として摂取することの有益性を認めている。 ・アスピリンが最初の心臓発作を経た人や狭心症、脳卒中などの既往がある人には有益であるということに疑いはないが、予防としてのアスピリン使用については寄せ集めの知見に過ぎない。 ・アスピリンは出血傾向を増大させるので、出血性疾患のイベント、例えば消化器性出血などのリスクが増大する。
●遺伝子変異とアスピリンの大腸がん予防との関連 ・アスピリンもしくは非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDS)の使用は大腸がんの罹患リスクを各々28%と38%低下させるという結果が得られた。 ・遺伝子変異との関係を解析した結果、大部分の人がアスピリンおよびNSAIDSによって大腸がんリスクを低下させることが確認されたが、同時に一部の異なる遺伝子配列を持つ人には効果が見られないことがわかった。効果が見られないのは25人に1人の割合で、アスピリンによってわずかにリスクが高まっていた。
●アスピリンの常用で消化器系腫瘍のリスク低下 ・常用量もしくは低用量アスピリンを週2回以上定期的に服用していた人は、アスピリンを服用していない人に比べて、すべての種類のがんの絶対リスクが3%低かった。 ・アスピリンの常用者はまた、大腸がんのリスクが19%低く、全消化器系がんのリスクは15%低かった。乳がん、前立腺がん、肺がんに対する効果はみられなかった。 ・アスピリンの効果は、常用錠を週0.5から1.5錠もしくは低用量錠を週1錠、5年以上連続的に服用することで現れるという。
●アスピリンを服用していると乳がんのリンパ節転移のリスクが低下? ・乳がん診断の直前の年にアスピリンの処方を受けていた女性は、非利用者よりもリンパ節陽性乳がんである可能性が有意に低かった。
●5年以上のアスピリン服用で消化管がんに対して予防効果あり? ・アスピリンを10年間服用することで、腸がんの症例数を約35%、死亡数を40%削減できることを発見した。食道・胃がん発生率は、30%の削減、これらのがんによる死亡は35-50%低減できるという。 ・アスピリンの長期服用は胃出血など、消化管などからの出血のリスクを増大させる危険性もあるので注意が必要。アスピリン使用による副作用は他にも消化性潰瘍があるが、リスクは30-60%増加する。
●心血管疾患予防に対するアスピリンの効果 ・アスピリンは致命的でない心臓発作や一過性脳虚血発作の発生率を低減したが、輸血や入院を必要とするような頭蓋外出血リスクを増加させた。 ・アスピリンは急性血管イベントによる短期的リスクの高い患者や、血管手術を受けた患者は摂取したほうがよいと思われるが、血管イベントのリスクが非常に低い患者は、血管イベントの予防のためにはたとえ低用量でであってもアスピリンを服用すべきではない。
●アスピリンはゲノムの老化を減速させる? ・ライフスタイルやゲノムの老化との関係を分析するために、546名の50才以上の健康な女性の腸組織のサンプルを調べた。遺伝子マーカーの年齢による変化、つまりDNAのメチル化とアスピリンの使用・喫煙・BMI・ホルモン補充療法といった女性のライフスタイル因子と比較した。 ・その結果、アスピリンの使用と喫煙が最も影響力がある事が分かった。アスピリンは、腫瘍の発達に重要な役割を果たしている変異、つまりゲノムの老化プロセスを減速させることが分かった。
●結腸がん患者の生存率とアスピリン、HLAクラスI抗原との関連 ・結腸がん診断後のアスピリンの服用によって全体的な生存率は改善された。特にアスピリンのメリットが強かったのは、HLAクラスI抗原を発現していた患者であった。