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抗生物質の概要
●抗生物質とは ・厳密に言えば、生きた生物から産生され、他の生物を抑制する物質を指す。 ・自然の物質を化学的に修飾して作る半合成薬、完全合成薬も便宜的に抗生物質と呼んでいる。 ●抗生物質が効果を発揮する経路 ①細菌が細胞壁を作る過程を阻害(ペニシリンなど) ・正常な細胞壁を持てない細菌は死滅する。 ②細菌が生存するために必須のタンパク質の産生を阻害 ・食物を消化したり、細胞壁を作ったり、増殖したり、外来の侵入者や競合者から防御したり、細菌自身が動き回るためにはタンパク質が欠かせない。 ・この機構を利用する抗生物質は、ヒトのタンパク質産生には大きな影響を与えることなく、細菌のタンパク質産生を阻害する。 ③細胞の増殖能を阻害する ・細菌の増殖は緩やかになり、宿主に対する脅威は減少する。やがて宿主の免疫が働き、細菌は排除される。 ●抗生物質の副作用 ・大半は腸管蠕動運動の低下やアレルギー性発疹といったもので、重篤な症状ではなかった。 ・抗生物質の使用を中止すれば症状は治まった。 ※参考資料『マーティン・J.ブレイザー(2015)失われてゆく、我々の内なる細菌 みすず書房』
抗生物質の過剰使用
●上気道感染症(喉の痛み、鼻水、耳や副鼻腔の痛みなど)に対する抗生物質 ・80%以上は、ライノウイルス、メタニューウイルス、パラインフルエンザといったウイルスが原因。数日間で回復するのが大半。 ・ウイルス感染症には抗生物質は効果が無い。 →ウイルスは細菌と違って細胞壁を持たないので、ペニシリンのような抗生物質は効かない。 ウィルスのタンパク質合成は宿主のタンパク合成の機構に依存するので、ウイルスのタンパク合成を阻害するためには、宿主タンパク合成も同時に阻害しなくてはならない。 ウイルスが細胞に侵入したり細胞から放出されたり、あるいは複製する過程を阻害する薬はあるが、ウイルスを抑制するだけで治療することができない。 ・細菌によって引き起こされる上気道感染も20%以下だが存在する。重要な細菌として、肺炎連鎖球菌、化膿連鎖球菌(A群溶連菌)、黄色ブドウ球菌、インフルエンザ菌がある。 ●抗生物質の使用量 ・アメリカの子どもは2歳までに平均で3回、抗生物質の処方を受け、10歳までにその合計は平均で10回を越える。 ・米国疾病予防管理センター(CDC)の統計から推定すれば、子ども達は20歳になるまでに平均で17クールの抗生物質の処方を受けていることになる。 ●抗生物質の開発 ・広域抗生物質は、その対象が広ければ広いほど耐性菌出現確率が高くなる。 ・抗生物質を使えば使うほど、耐性は出現しやすく、抗生物質の有効期限は短くなっていく。 ・手軽な抗生物質はすでに発見されていて、多くの製薬会社は、既存の抗生物質を改良しているだけ。 →製薬会社にとって、新しい抗生物質開発のための膨大な費用や労力は利益を生み出さない。薬剤が広い応用範囲を持たない場合は特にそう。 ※参考資料『マーティン・J.ブレイザー(2015)失われてゆく、我々の内なる細菌 みすず書房』
●乳幼児への抗生物質投与 ・小児に処方される抗生物質の約半数は、乳幼児が患いやすい耳感染症の治療用。 ・耳感染症には二つのリスクがある。以下のリスクは非常に小さいが、多くの医者は安全第一で抗生物質の治療を選ぶ。 ①乳幼児が耳の感染を繰り返すと発話を学ぶのに大事な時期に難聴になる。 ②感染症が悪化して耳の奥まで広がると乳様突起炎になる。 ●抗生物質の過剰投与 ・アメリカの疾病管理センター(CDC)の推定によれば、アメリカで処方されている抗生物質の半分は不必要または不適切なものだという。その多くは、風邪またはインフルエンザ患者に、半ば気休めで処方されている。 →風邪もインフルエンザも細菌ではなくウィルスによる病気であり、抗生物質は効かない。 医者とすれば、病んでいる患者を手ぶら帰すわけにはいかず、また万一、細菌による合併症が生じては困るので、念のため処方しておくほうが安全ということになる。 ・抗生物質の過剰投与は、耐性菌の出現のリスクを増す。 ※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』
抗生物質と腸内細菌、副作用
※抗生物質と腸内細菌、免疫系との関連については以下の記事参照。
腸内細菌とアレルギー、免疫、抗生物質との関係の”抗生物質と腸内細菌、免疫系”
※帝王切開との関連については以下の記事参照。
共生微生物と出産の関連の”帝王切開と共生微生物”
※自閉症、ADHDとの関連については以下の記事参照。
腸内細菌と精神的ストレス、精神疾患(うつ病、自閉症、ADHDなど)の”自閉症との関連”、”ADHDとの関連”
腸内細菌とアレルギー、免疫、抗生物質との関係の”抗生物質と腸内細菌、免疫系”
※帝王切開との関連については以下の記事参照。
共生微生物と出産の関連の”帝王切開と共生微生物”
※自閉症、ADHDとの関連については以下の記事参照。
腸内細菌と精神的ストレス、精神疾患(うつ病、自閉症、ADHDなど)の”自閉症との関連”、”ADHDとの関連”
・抗生物質を取り込むことで腸内フローラが変化し、腸内のビフィズス菌が一気に減少する。"菌の交替減少" もともと抗生物質はアオカビから生み出されたペニシリンのように、菌に含まれる毒素を利用して感染症を防ぐ目的で作られたものだが、その毒素に攻撃されるのは病原菌だけでなく、他の常在菌も攻撃されてしまうため、腸内フローラのバランスも崩れてしまう。 ※参考資料『光岡知足(2015)腸を鍛える 祥伝社』
●抗生物質の副作用 ・抗生物質は健康を害する細菌を殺すだけでなく、健康を保つ細菌まで殺してしまう。 ・抗生物質は細菌の単一種だけを標的にすることはできない。 ・ほとんどの抗生物質は、広範囲の細菌種を殺す"広域抗生物質"。このタイプの薬は問題を引き起こしている細菌の種類を特定することなくあらゆる感染症に使えるため、医者にとっては好都合と言える。原因菌を特定するには培養と同定の作業が必要で、それにはお金も時間もかかる。 ・標的を絞った"狭域抗生物質"でさえ、病気の直接原因となっている菌種だけを選んで殺すことはできない。 ・耐性獲得と大量破壊という抗生物質の両方のマイナス面が重なって出現した病気に、クロストリジウム・ディフィシル感染症がある。 この感染症の発生件数および死亡者数の増加は、抗生物質耐性菌の進化と歩調を合わせている部分がある。 →腸内細菌が健康でバランスが取れているあいだは、この菌は小さなくぼみに押し込められて身動きがとれないから、悪さをすることもできない。 しかし、抗生物質が腸内細菌を撹乱すると、この菌が勢力を広げる余地が出来てしまう。 ・抗生物質の治療期間中に腹部膨満感や下痢を経験する人が多いが、これは腸内細菌の乱れが原因。この乱れの影響は大きく、長期関係経過しても元の組成比に戻らないこともある。 ・上記のような長期的な影響は、普及率の高い抗生物質薬の少なくとも6種類で確認されており、どれも腸内細菌の組成比をそれぞれ別の比率に変えてしまう。 ※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』
抗生物質と腸内細菌と体重増加
●家畜の体重増加と抗生物質 ・食肉用の家畜を太らせるために農家は抗生物質をずっと使ってきた。 ・抗生物質は若いブタの成長を1日におよそ10%早める。 ・2006年以降、EU加盟国の農家は家畜を太らせるために抗生物質を使うことを禁じられている。 ・アメリカその他の多くの国では、抗生物質の成長促進剤は今も使われている。 ・たいていの先進国では、薬を与えたばかりの家畜を搾乳したり食肉工場に出したりすることは禁止されている。 ・家畜の糞を有機肥料として利用している場合は、ごく微量とはいえ農作物に抗生物質が吸収されることも考えられる。 ●フランスのマルセイユの研究チームによる研究 ・心臓弁に危険な感染症を抱える成人患者の集団に対する調査。 ・抗生物質の投与で体重が増加するか一年間調査し、抗生物質治療を受けていない健康な人のBMI値の変動記録と比較した。 ・治療を受けた患者は治療を受けていない患者より体重が大幅に増えていたが、さらに詳しく調べると、体重が増えているのはバンコマイシンとゲンタマイシンの二つの抗生物質を併用していた患者だけだった。ほかの抗生物質の組合せによる治療を受けた患者は健康な人と変わらず、太ってはいなかった。 ・バンコマイシンを投与された患者の腸内にはラクトバチルス・ロイテリ(フィルミクテス門に属する乳酸菌の一種)が豊富に見つかった。 さらに、この細菌はバクテリオシンと呼ばれる物質を産生し、他の細菌が再生するのを妨げるのでこの状況が長続きする。 ●ニューヨーク大学のマーティン・ブレイザーの研究 ・若いマウスに低用量の抗生物質を投与すると、腸内細菌の組成比が乱れ、代謝ホルモンが変わり、体脂肪量が増えるという証拠を示した。 ・重要なのはタイミングで、マウスが幼いときに抗生物質を与えるほど影響が大きいと考えている。 ・母マウスに出産直前から出産後の授乳期を通して低用量のペニシリンを投与し続けると、母乳を通じてペニシリンを与えられたオスのマウスは、そうでないオスのマウスより速く成長した。 ・低用量の抗生物質を与えたマウスの腸内細菌を無菌マウスに移すと、無菌マウスの体重と体脂肪量に同じような変化が現れる。 →マウスの体重変化を引き起こしているのは抗生物質そのものではなく微生物の組成比の変化であることを示唆している。 ・抗生物質の治療を終えて腸内細菌が回復したとしても、代謝への影響が残ってしまう。 ※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』
ネットニュースによる関連情報
●乳児期の抗生物質使用、ではなく感染症そのものが肥満のリスク? ・カイザーパーマネンテ北カリフォルニアに電子医療記録の残る1997年1月1日から2013年3月31日までに生まれた260,556名の小児を対象に検討行った。 ・解析の結果、生後1年の間に感染症を診断され、かつ抗生物質を使わなかった小児は、感染症の診断がなかった小児と比べて、後に肥満になる確率が約25%高かった。この関係は用量作用的であり、未治療の感染症の数が増えると肥満のリスクも高まった。 ・対照的に、生後1年間の抗生物質の使用と肥満のリスクには関連がみられなかった。
●乳幼児の抗生物質服用と食物アレルギーの関連 ・食物アレルギー患者である子ども約1500人と、非患者の子ども約6000人のデータを分析した。 ・その結果、生後1年以内に抗生物質を処方された子どもは、されなかった子供に比べて食物アレルギーと診断される割合が1.21倍高いことがわかった。 さらに、抗生物質を処方された回数が多いほど食物アレルギーのリスクは高まることも明らかになった。処方回数が3回だと1.31倍、4回で1.43倍、5回以上では1.64倍にものぼった。 また、抗生物質の中でも「広域抗生物質」と呼ばれる、より多くの菌への殺菌効果がある薬ほど食物アレルギーリスクは高くなる傾向があったとのこと。
●抗生物質が腸上皮やミトコンドリアにも影響? ・抗生物質が胃腸系の自然で有益な細菌叢を破壊し、副作用を及ぼすことは以前から知られている。本研究はなぜそれが起こるのかについて詳しく解説している。 ○抗生物質の健康への影響 ・抗生物質の使用、特に過剰摂取はグルコース代謝、食物吸収、肥満、ストレス、行動に至るすべてに不要な効果をもたらす。 ・抗生物質は適切に使用すれば生命を脅かす細菌感染を治療することができるが、処方を受けた人の10%以上は有害な副作用に苦しんでいる。 ○動物実験による研究 ・抗生物質は微生物叢を枯渇させ、腸内の重要な免疫機能を低下させると考えられていた。しかしそれは全体の影響の1/3程度のことだ。抗生物質は、腸上皮をも殺す。腸上皮は栄養を吸収する部位であり免疫系の一部であり、人の健康に重要な役割を果たす他の生物学的機能でもあるため、その破壊は重大。 ・抗生物質や抗生物質耐性菌がミトコンドリア機能に大きな変化を引き起こし、それが上皮細胞死をまた引き起こすことが明らかとなった。 ・抗生物質による治療の影響を受けた遺伝子のいずれかが、ホストと微生物とのコミュニケーションに重要であることも発見された。 →ホストの微生物通信システムのバランスが崩れると、一見無関係な問題の連鎖を起こす。
●妊娠中の抗生物質使用がその子どもにも影響? ・1998-2006年にかけて、727名の健康なタバコを吸わない妊婦を集め、そのうち436組の母子について子どもが7歳になるまで追跡調査を行った。436組中16%の母親が妊娠中期または後期に抗生物質を使用していた。 ・データ解析の結果、母親が抗生物質を使った子どもは7歳までに肥満になるリスクが、そうでない子どもに比べて、84%高まることが明らかになった。 それとは独立に、帝王切開で生まれた子どもは、肥満のリスクが普通分娩の子どもに比べて、46%高まった。