共生微生物と出産の関連

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  1. 経膣分娩と共生微生物
  2. 帝王切開と共生微生物
  3. 母乳と共生微生物
  4. 粉ミルク(調整乳)と腸内細菌
  5. 乳幼児のマイクロバイオータの変遷
  6. 妊娠期の体重増加と高血糖
  7. ネットニュースによる関連情報

経膣分娩と共生微生物

●経膣分娩と新生児が受け継ぐ微生物
 
・子宮内部で羊水につかっているときは、胎児は外界からも母親の微生物からも守られている。
・赤ちゃんは産道を通るとき、膣の微生物と接触する。
・産道から顔を出すとき、赤ちゃんは母親の腸内の微生物とも接触する。子宮収縮ホルモンの作用と降りてくる胎児の圧力を受けて、陣痛中や出産時にほとんどの女性は排便する。
 
●膣内の細菌、乳酸菌、新生児が受け継ぐ微生物
 
○乳酸菌、ラクトバチルス属
・ラクトバチルス属は乳酸菌と総称されるグループの一部で、この細菌がつくる乳酸がある場所は、他の細菌にとって居心地が悪い。この細菌がいると病原体が棲み付くことができず病原体は存在しない。
 また、ラクトバチルスは自分でバクテリオシンという抗生物質をつくり出し、外部から腸内に入ってこようとする病原体を殺す役割を果たしている。
 
○膣と乳酸菌
・膣にいる乳酸菌はミルクを餌に乳酸に変換する過程でラクトース(乳糖)を取り出し、それをエネルギーとして使う。
・妊婦の膣に棲む微生物の組成比はそうでない女性のそれとは違い、通常の膣内細菌のほかに、いつもは腸内にいる細菌が交じっている。
→たとえばラクトバチルス・ジョンソニイという細菌種は、普段は小腸にいて胆汁を分解する酵素を生成しているが、妊娠中は膣内での存在量が急上昇する。
→この細菌は攻撃的な性質を持ち、脅威となる細菌を殺すバクテリオシンを大量に生成し、自身の増殖域を広げる。そのため、新生児の腸にあると役立つ。
 
○新生児が受け継ぐ微生物
・新生児の腸内細菌を、母の膣と糞便と皮膚、父の皮膚から採取した四種類のサンプルと比較すると、母の膣内のそれと最も近い。一番多いのは、ラクトバチルス属とプレボテラ属の細菌。
・新生児もミルクを飲んで、ラクトースをグルコースとガラクトースという二種類の単糖に分解し、それを小腸から血液中に吸収してエネルギーとして使う。
 小腸で分解・吸収しきれなかったラクトースは、母親の膣から受け継いだ乳酸菌のいる大腸にいく。
→膣にいる乳酸菌は出産時に乳幼児の腸内に受け継ぐためにそこにいるのかもしれない。
 
●新生児の腸内細菌
 
・新生児の腸内に住みついた初期のコロニーは、数ヶ月あるいは数年かけて発展していく共生微生物の基礎となる。
 
※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』

帝王切開と共生微生物

・アメリカでは今日、約40%の妊婦が出産中に抗生物質を投与されている。帝王切開を受ける妊婦はすべて事前に抗生物質の予防投与を受けることになっている。
・数ヶ月経つと帝王切開で生まれた子どもと自然分娩で生まれた子どもの細菌叢は、次第に似通ってくるということが分かっている。
→早かれ遅かれすべての人は体内で同じような機能を果たす細菌に暴露されるから、ということかもしれない。
・胎児の血液中の抗生物質、あるいは母親の母乳中の抗生物質は新生児の細菌構成に影響を与える。
 
※参考資料『マーティン・J.ブレイザー(2015)失われてゆく、我々の内なる細菌 みすず書房』

 

●帝王切開による出産のリスク
 
・帝王切開で生まれた乳幼児は感染症になりやすい。
→MRSAに感染した新生児の80%は帝王切開で生まれている。
・幼児期にアレルギーを発症しやすい。母親がアレルギーで(おそらく遺伝因子があり)、かつ帝王切開で生まれた子は、そうでない子より7倍もアレルギーになりやすい。
・自閉症と診断される割合が高くなる。
→アメリカの疾病管理予防センター(CDC)の研究者達は、帝王切開という出産方法がなければ自閉症の発症率は現状より8%下がったのではないかと試算している。
・強迫性障害の患者は、帝王切開でない場合と比べて2倍。
・一部の自己免疫疾患でも関連性が示されている。
・1型糖尿病とセリアック病は、帝王切開で生まれた子のほうがなりやすい。
・肥満も関連性が示されている。
→ブラジルで10代後半を対象にした調査によると、帝王切開の場合15%が肥満になっていた。経膣出産では10%止まり。
 
●帝王切開の場合の腸内細菌
 
・新生児の腸内細菌を分析すると、膣由来の微生物のコロニーが出来ていない。
・帝王切開の新生児が接触する微生物は、母親、父親、医療スタッフなどの皮膚の細菌。
→帝王切開で生まれた新生児の腸内細菌は、皮膚の細菌が基礎となって形成される。
・ミルクに含まれるラクトースを分解するラクトバチルス属やプレボテラ属の細菌がいるべきところに、コリネバクテリウム属やプロピオニバクテリウム属など皮膚の細菌が定着している。
 
●マリア・グロリア・ドミンゲス=ベロ博士による対策
 
・帝王切開で生まれた新生児に膣の微生物を移すことで短期的、長期的な改善結果が得られるかどうかを調べる大規模臨床試験を実施している。
①妊婦が手術室に入る一時間前にガーゼの小片を膣に入れる。
②執刀直前にガーゼを取り出し、消毒した容器に保管する。
③数分後、新生児が出てきたたらそのガーゼで、まずは口をこすり、次に顔を、最後に全身をこする。
・予備的な試験では、ガーゼ処理しなかった新生児に比べ、母親の膣や肛門の腸内細菌に近い腸内腸内細菌が育っていた。
 
※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』

 

●腸内細菌の分布
 
・2010年に遺伝子配列を使って、母親と新生児から採取した細菌群を調べたところ、自然分娩で生まれた新生児は母親の産道のマイクロバイオームと類似した細菌群を得ており、有益なラクトバチルス属が多かった。
 一方、帝王切開で生まれた新生児は、母親の皮膚の表面に見られる細菌群を得ていた。
 
●帝王切開で生まれた場合のリスク
 
・アレルギーのリスクが5倍。
・ADHDのリスクが3倍。
・自閉症のリスクが2倍。
・セリアック病のリスクが80%増加。
・成人になってからの肥満のリスクが50%増加。
・1型糖尿病のリスクが70%増加。
 
※参考資料『デイビッド・パールマター(2016)「腸の力」であなたは変わる 三笠書房』

 

・帝王切開による新生児のほうが感染症に罹りやすいことが明らかになっている。
 たとえば、分娩後にブドウ球菌感染を発症する新生児のうち、80%が帝王切開で生まれている。
・膣の共生微生物には、乳酸菌という特定の細菌に由来するもので占められているので、ブドウ球菌などといったほかの微生物は定着できず、そのため感染症を起こさせない。
 一方、帝王切開による新生児の共生微生物はもっと皮膚に近く、ブドウ球菌を定着させられるので、ブドウ球菌感染症が起こる。
 
※参考資料『ロブ・デサール,スーザン・L.パーキンズ(2016)マイクロバイオームの世界 紀伊國屋書店』

母乳と共生微生物

・母乳には、新生児には消化できないオリゴ糖が含まれている。
 オリゴ糖は、ビフィドバクテリウム・インファンティスと呼ばれる細菌によって消化され、エネルギー源として利用される。
・母乳には、優遇するべき細菌を選択するという性質がある。おかげでその細菌は、競合する細菌より優位なスタートを切ることが出来る。
・母乳は、母親の老廃物であり新生児に毒性を示す物質である尿素も含む。
→ここでも尿素を窒素源として提供することによって、新生児の生存に利益をもたらす細菌が選択される。
 
※参考資料『マーティン・J.ブレイザー(2015)失われてゆく、我々の内なる細菌 みすず書房』

 

・ヒトの母乳には130種類ほどのオリゴ糖が含まれている。
・オリゴ糖の分子は乳児の小腸をそのまま通過し、消化酵素ではなく腸内細菌に分解される。
・母乳に含まれるオリゴ糖や生きた細菌、その他の物質は、新生児と微生物の両方にとって理想的な環境を用意する。
→母乳は有益な微生物の定着を促し、腸の微生物共同体を少しずつ大人用の組成に変えていく。
→その微生物共同体は有害な微生物種がコロニーをつくるのを防ぎ、未熟な免疫系に敵と味方との見分け方を教える。
 
●オリゴ糖→乳酸塩
 
・母乳で育つ乳児には、ラクトバチルス属とビフィドバクテリウム属が優勢なマイクロバイオータが育っている。
→ヒトはオリゴ糖を消化できないが、ビフィドバクテリウム属の細菌は特殊な酵素を生成して、オリゴ糖を唯一の食料源にする。
→その廃棄物として出るのが乳酸塩という短鎖脂肪酸
→乳酸塩は、新生児にとって貴重な物質で、大腸の細胞に吸収され、新生児の免疫系の発達に重要な役割を果たす。
 
●オリゴ糖は病原性細菌から守る
 
・オリゴ糖は、病原性細菌が腸壁に付着するのを防ぎ、腸内環境を平常に戻す役割をする。
→病原性細菌は、細菌表面にある特別な結合部を使って腸壁に付着しようとするが、オリゴ糖がその結合部にぴったりはまって、病原性細菌が足場を築くのを阻止する。
・母乳に含まれる130種類のオリゴ糖のうち、数十種類は特定の病原体に結合することが分かっている。
 
●母乳の成分の遷移
 
・母乳の成分は、新生児の成長段階に応じて変わる。
出産直後は、免疫細胞と抗体に富んでいて、オリゴ糖を豊富に含む
→数週間後、新生児の腸内細菌が安定してくるころ、オリゴ糖含有量が減ってくる。
・母乳に含まれる細菌も、新生児の成長段階に応じて変わる。
出産直後~数日は、ラクトバチルス属、連鎖球菌属、エンテロコックス族、ブドウ球菌族など週百種類の微生物が入っている。
→やがて母乳に含まれる微生物は数を減らしながら種類を変えていく
→数ヶ月たった母乳には、成人の口内にいるのと同じ微生物が入っている。乳児の離乳に備えてのことと思われる。
※母乳の中にいる細菌は、樹状細胞という免疫細胞によって大腸から乳房へと運ばれる
 
●出産方式による母乳の成分の違い
 
・陣痛がはじまる前に計画的な帝王切開の場合の初乳に含まれる微生物は、経膣出産した場合とかなり違う。その違いは少なくとも六ヶ月は続く。
・しかし、陣痛が来た後の緊急の帝王切開の場合は、経膣出産の場合と初乳の微生物が似ている。
→陣痛中に強力なホルモンがたくさん出て、微生物を腸から乳房に移動させていると思われる。
・上記より、計画的な帝王切開は新生児にとって二重の不利益となる。産道で膣から必要な微生物が得られず、母乳からも追加の微生物を受け取ることが出来ない。
 
●母親への影響
 
・母乳育児をしていた母親は、その後の人生で2型糖尿病や高コレステロール、高血圧、心臓病になりにくい、ということが分かっている。
 
※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』

粉ミルク(調整乳)と腸内細菌

●成分
 
・粉ミルクは牛乳を原料とし重要な栄養成分がたくさん加えられているが、免疫細胞や抗体、オリゴ糖、生の細菌までは入っていない。
・粉ミルクで育てられた乳児の腸内細菌は、母乳の場合と比べて細菌の種類が多い。
 特に多いのが、ペプトストレプトコッカセアエ科の細菌で、そこには厄介な病原菌であるクロストリジウム・ディフィシルも含まれる。
 母乳のみの乳児では5人に1人に対し、粉ミルクの場合は5人に4人がクロストリジウム・ディフィシルを保有している。
・大人であれば微生物の多様性が大きいほうが総じて健康だと言えるが、乳児では逆で、膣の乳酸菌と母乳のオリゴ糖の助けを借りながら"選び抜かれた微生物"を育てることは、乳児を感染症から守りつつ、未熟な免疫系に知識を与えるのに重要なステップと言える。
 
●感染症のリスク
 
・母乳だけの場合と比べ、粉ミルクだけの場合は、耳感染症になるリスクが2倍、呼吸器感染症で入院するリスクが4倍、胃腸感染症になるリスクが3倍、腸の組織が死ぬ壊死性腸炎になるリスクが2.5倍と高くなる。
・乳幼児突然死症候群で死亡するリスクが2倍。
・アメリカでの乳児死亡率(一歳未満で死亡する割合)は、1.3倍高い。
→先進国では、乳児死亡率はすでに低くなっているので、人数で見ると母乳育児で1000人のうち2.1人、粉ミルクで2.7人なので、大騒ぎして心配するレベルではない。
 
●免疫、炎症関連の症状のリスク
 
・皮膚炎と喘息を2倍発症しやすい。
・小児白血病になるリスクも高い。
・1型糖尿病になりやすい。
・過体重になりやすい。リスクは2倍ほど高くなる。
 
※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』

乳幼児のマイクロバイオータの変遷

・生まれた直後
ラクトバチルス属とプレボテラ属の細菌(膣内細菌と類似)
 
・母乳育児
ラクトバチルス属とビフィドバクテリウム属が優勢
 
・~1年
ビフィドバクテリウム属の存在量はゆっくり確実に減少する。
 
・9~18ヶ月
固形の食べ物を迎える変化。フィルミクテス門とバクテロイデーテス門の細菌で構成されるマイクロバイオータに移行。
 
・18ヶ月~36ヶ月
腸のマイクロバイオータはどんどん安定し、多様性を増してくる。
 
・3歳の頃
母乳と粉ミルクによる違いはだんだん見えなくなる。豊富にあった乳酸菌はほとんどいなくなり、新しい食べ物や環境に合った微生物にとって代わられる。
 
○乳幼児期の腸内細菌の乱れ
・乳幼児期に腸内細菌が乱されると、その影響が小児期以降に現れることがある。
←ヒトの脳は乳幼児期に集中的に発達するため。
 
※参考資料『アランナ・コリン(2016)あなたの体は9割が細菌 河出書房新社』

妊娠期の体重増加と高血糖

○コーネル大学のルース・レイ医師の研究
・妊娠第一期と妊娠第三期の妊婦から得られた糞便微生物を無菌マウスの腸管に移植し、マウスの成長を観察。
・2週間後、第一期の妊婦の微生物を移植したマウスに比べて第三期の方が、体重の増加と高血糖が見られた。
 
・上記をヒトに当てはめると、妊娠の生理学的・病理学的特徴の多くは、少なくとも部分的に母親の常在細菌によってコントロールされているということを示唆している。
→母親の細菌はより多くのカロリーが食べ物から母体に送られるように自らの代謝を変化させる。
 こうした微生物の構成変化は、妊娠期に共通して見られる体重増加と血糖上昇の部分的な原因である可能性がある。
 
・一部の妊婦は、自らの組織に負荷を与えることなく余剰体重に対処することができなくなり、妊婦糖尿病を発症することがある。
 大抵の場合、問題は軽度で、出産後数週間以内に解決する。
 
※参考資料『マーティン・J.ブレイザー(2015)失われてゆく、我々の内なる細菌 みすず書房』

ネットニュースによる関連情報

●妊娠中の抗生物質使用がその子どもにも影響?
 
・1998-2006年にかけて、727名の健康なタバコを吸わない妊婦を集め、そのうち436組の母子について子どもが7歳になるまで追跡調査を行った。436組中16%の母親が妊娠中期または後期に抗生物質を使用していた。
・データ解析の結果、母親が抗生物質を使った子どもは7歳までに肥満になるリスクが、そうでない子どもに比べて、84%高まることが明らかになった。
 それとは独立に、帝王切開で生まれた子どもは、肥満のリスクが普通分娩の子どもに比べて、46%高まった。

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