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ニューロン新生、学習と運動による効果
※運動とGDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)の関連については以下の記事参照。
神経可塑性、脳回路の再配線、神経発生の”グリア細胞とGDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)”参照。
神経可塑性、脳回路の再配線、神経発生の”グリア細胞とGDNF(グリア細胞由来神経栄養因子)”参照。
●運動と学習 ○脳由来神経栄養因子(BDNF) ・ニューロンの回路を構築し、維持。ニューロンを育てる肥料。 ・海馬という記憶と学習に関わる領域に多く存在する。 ・BDNFは、ニューロンの機能を向上させ、その成長(新しい枝が生える)を促し、強化し、細胞の死という自然のプロセスから守っている。 ○運動と学習 ・マウスに学習させてニューロンのLTP(長期増強)を促すとBDNFの量が増えた。 ・マウスを使った実験で、運動をするとBDNFが増えていた。特に海馬で急増していたので、学習にも好影響。 ・2007年にドイツの研究者グループがヒトを対象として行った研究では、運動前より運動後の方が20%早く単語を覚えられ、学習効率とBDNFが相関関係にあることが明らかになった。 ○有酸素運動+技能の習得が効果的 ・グリーノーがラットで調べた実験 ・ラットを2グループに分け、一方にはただ走らせ、もう一方には平均台や不安定な障害物、ゴム製のはしごを歩くといった複雑な運動技能を教え込んだ。 ・二週間のトレーニングの後、曲芸ラットは小脳のBDNFが35%増加していたが、走るのみのラットの小脳にはなんの変化も見られなかった。 ・心血管系と脳を同時に酷使するスポーツ(テニスなど)をするか、あるいは、10分ほど有酸素運動でウォーミングアップした後にロッククライミングやバランスの訓練といった酸素消費量が少なく技能を必要とする運動をするのが効果的。 →有酸素運動が神経伝達物質を増やし、成長因子を送り込む新しい血管を作り、新しい細胞を生み出す一方で、複雑な動きはネットワークを強く広くして、それらをうまく使えるようにする。 ●ニューロン新生 ・ニューロンは白紙状態の幹細胞として生まれ、発達していくが、生き残るには何か仕事を見つけなくてはならない。 →生まれたばかりのニューロンは、使われなければ死んでいく。 ・マウスを回し車で運動させただけで、生まれるニューロンの数に大きな変化が現れたが、ただ走るだけでは、ニューロンはそれと同じペースで死んでいく。 →生まれたニューロンが生き残って回路を作るには、その軸索に信号が流れていなくてはならない。 →ニューロンは運動によって生まれ、環境から刺激を受けて生き残っていく。 ○ニューロン新生とBDNF ・新しいニューロンが得られると、それを育てる"肥料"が必要。 →BDNFなしでは脳は情報を取り込めない。BDNFが新たなニューロンを作るための重要な要素。 ・BDNFはシナプスの近くの貯蔵庫に蓄えられ、血流が盛んになると放出される。 その際にはIGF-1、VEGF、FGF-2といったホルモンが召集され、そのプロセスを手助けする。 ・運動すると、上記成長因子が血液脳関門を通過し、脳内でBDNFと協力して学習に関わる分子メカニズムを活性化させることが分かった。 ・成長因子は脳内でも作られて幹細胞の分化を促すが、運動中はその働きがより顕著になる。 ・脳内では、IGF-1が燃料の管理ではなく、学習に関連する働きをする。 運動している間、BDNFは脳のIGF-1の摂取量を増やし、そのIGF-1はニューロンを活性化して、セロトニンやグルタミン酸をさかんに作らせている。 また、IGF-1は、BDNF受容体の生成を促し、ニューロン結びつきを強くして記憶を強化している。 ○新しい血管と血管内皮細胞増殖因子(VEGF) ・新しい細胞に燃料を送るには、新しい血管が必要となる。 ・運動中に筋肉が収縮したときなど、細胞内で酸素が不足すると出番となるのがVEGFで、体でも脳でも毛細血管を作り始める。 ・VEGFがニューロン新生に欠かせないのは、それが血液・脳関門の透過性を変えるからではないかと考えている。 運動をするとVEGFが関門をこじ開けて、ほかの因子が脳に入ってこられるようにしている。 ○繊維芽細胞成長因子-2(FGF-2) ・FGF-2も運動中に増加し、ニューロン新生に欠かせない。 ・体内では組織の成長を助け、脳ではニューロンの長期増強にとって重要な働きをする。 ○ニューロン新生、成長因子を減らす要因 ・年を取ると上記3つの成長因子とBDNFの生産量が減り、ニューロン新生も少なくなっていく。 ・年を取っていなくてもストレスやうつが長引くと上記因子やニューロン新生が減っていく。 ○ニューロンの可塑性を高める ・筋肉を収縮すると、VEGF、FGF-2、IGF-1のような成長因子が放出され、それらは体から脳へ送られ、脳の成長を後押しする。 ・運動をすると、ニューロンの可塑性や新生、つまり脳の成長に欠かせない栄養因子がさかんに供給されるようになる。 ・栄養因子は、運動しないでいると加齢と共に失われてしまう。 ※参考資料『ジョン J.レイティ(2009)脳を鍛えるには運動しかない 日本放送出版協会』
●運動、学習とBDNF ・特定のニューロン群が同時に発火する必要のある活動を行うと、脳はBDNFを分泌する。BDNFはニューロン間の結合を強化し、以後確実に同期して発火するようにそれらの配線を導く。 ・BDNFはニューロンの変性を防ぐ。 ・BDNFはニューロンを保護し、線条体と呼ばれる大脳基底核の部位での成長を導く。さらには運動によって増大することがいくつかの研究で確認されている。 ・数々の研究によって、運動がBDNFの増大につれて動物の学習能力の向上をもたらすことが示されている。 ・人間を対象に行われた研究によって、学習と運動の組合せは、脳の神経可塑性の維持や、その増大にさえ役立つことが分かっている。 なぜなら、学習はより多くのBDNFを発現する遺伝子をオンにし、BDNFは学習を促進するため。 したがって学習すればするほど、それだけ学習効率があがり、さらにはそれにともなう脳の変化を効率的に引き起こすことができる。 ※参考資料『ノーマン・ドイジ(2016)脳はいかに治癒をもたらすか 紀伊國屋書店』
加齢による衰えと運動による効果
・認知能力、認知症に対する運動の効果は以下の記事参照。
認知症に対する運動の効果
認知症に対する運動の効果
●有酸素運動と認知能力 ○イリノイ大学のアーサー・クレイマーの実験 ・運動不足ぎみだが健康体の高齢者124人を集め、二つのグループ(毎週3時間のウォーキングをするグループ、毎週3時間のストレッチングとトレーニングのグループ)に分けて6ヶ月の間それぞれのエクササイズをしてもらった。 ・どちらのエクササイズも体によく、総合的な健康増進に役立つが、有酸素運動のほうが心臓の健康状態の改善と、脳の血流増加に効果があった。 ・有酸素運動のグループの認知能力のテスト結果が大幅に向上した。とくに計画立案やマルチタスクのような行動管理能力でそれが目立った。もう一つのグループでは認知能力への効果は見られなかった。 ・別の臨床テストで、トレーニング前後にMRIで脳の画像を検査したところ、毎週三日に一度45分のウォーキングを行った高齢者は、ストレッチングとトレーニングのグループに比べて前頭部の脊髄灰白質が減少していなかった。(年齢を重ねると、たいていの人は脳脊髄の灰白質が減少し始める。これが認知能力低下の原因の一つになる) ※参考資料『クリストファー・チャブリス,ダニエル・シモンズ(2011)錯覚の科学 文藝春秋』
●加齢による脳の衰えと運動の効果 ・シナプスの衰えるスピードが、新たな結合の生まれるペースを上回るようになると、頭と体の機能に様々な問題が生じてくる。 ・シナプスの活動が減り、樹状突起が萎縮すると、脳に栄養を運んでいる毛細血管も萎縮するため、血液の流れが制限される。 逆に、脳に血液を十分に送り込まないと、毛細血管が萎縮し、樹状突起も萎縮する。 ・ニューロンの成長を促す"栄養素"(BDNF、VEGFなど)は年を取るに従って減っていく。 ・ドーパミンが作られるスピードも遅くなり、運動機能の衰えと意欲の低下を招く。 ・海馬でも使えるニューロンがどんどん少なくなっていく。 ・ラットの研究から、ニューロン新生は加齢とともに劇的に減ることが分かっている。 ・年を重ねてもずっと社交的で活動的な人は、脳の劣化のスピードを遅らせることができる。 ・退職後の人の脳内血流レベルを調べたところ、運動を続けている人は退職して4年経ってもほとんど変わらなかったのに対し、運動をあまりしない人は著しく低下していた。 ○衰える脳の領域と運動の効果 ・衰えが最も顕著に現れるのは前頭葉と側頭葉。 前頭葉は、前頭前野の灰白質とその軸索の白質を含む。側頭葉は単語と固有名詞のリストを作り、海馬と連携して長期記憶の形成を助ける。 ・前頭前野が衰えると、高度の認知機能が衰え、日常の基本的な作業も難しくなる。 この日常的な動作は、作動記憶、作業のスムーズな切り替え、不要な情報の締め出しといった脳の最も高度な機能に依存している。 ・運動をすると前頭葉と側頭葉の皮質容積が増えていた。 前頭前野がこれまでのように機能しなくなっても、脳は大脳皮質のほかの領域を動員して、違うやり方でその仕事を遂行できるのでは? ○気分、認知症状 ・加齢で、女性はエストロゲン、男性はテストステロンというホルモンが減少し、気分が揺れがちになり、活力や好奇心が失われていく。 →憂鬱な気分になり、うつ状態になりやすい。 →認知症のリスクが増大する。 ・ラッシュ・アルツハイマー病センターの研究によると、"そばにいてくれる人がなくて寂しい"とか"なんだか虚しい気分だ"といって孤独を感じていた人は、アルツハイマー病になる確率がそうでない人の2倍近く高かった。 ・運動は、加齢で減少するドーパミンの量を回復させる。ドーパミンは、報酬と意欲のシステムにおいて信号を伝えるので老化の鍵を握っている。 ※参考資料『ジョン J.レイティ(2009)脳を鍛えるには運動しかない 日本放送出版協会』
ネットニュースによる関連情報
●身体活動が活発な高齢者は安静時の脳の活動が活発? ・平均してより活発な高齢者は、そうでない高齢者に比べて、よりよい脳の白質の構造を持っているということがわかった。
●有酸素運動、無酸素運動、インターバル運動とニューロン新生との関係 ・持続的なランニング運動(有酸素性)、高強度短時間インタバルトレーニング(HIT)、レジスタンス運動(無酸素性)がラットの海馬の神経新生にどのように影響を与えるのかについて検討を行った結果、海馬において新しいニューロンがもっとも多く新生されたのは、長距離を走ったラットだった。 レジスタンス運動群ではこの様な作用は見られなかった。 HIT運動群での新生ニューロンは、ゼロではなかったものの数が少なかった。 ・有酸素性運動の継続を通じてニューロン新生を惹起することによって、海馬のニューロン・リザーブ(余裕細胞)が増加し、ヒトにおいても結果として学習能力を高める可能性がある。
●運動によってBDNFが増加するメカニズム 運動によって、肝臓で生成されるケトン類の一種、βヒドロキシ酪酸(DBHB)が、身体や脳に蓄積。 ↓ DBHBは、"ヒストン脱アセチル化酵素複合体(HDACs)"とよばれるたんぱく質が脳で生成されるのを防ぐ。 ↓ HDACsは、BDNF遺伝子を変化させてBDNFの産生を抑えてしまう作用があるので、結果的にBDNFが増加する。
●子供の認知能力に運動と体重が影響 ・活動的な子供の方が非活動的な子供と比べ、認知評価テストが、より高得点であった。 ・普通体重の子供の方が体重過多の子供と比べ、認知評価テストが、より高得点であった。
●適度な量の身体活動によって、パーキンソン症リスクが低下? ・週あたり2時間未満しか家事、仕事、余暇活動、通勤活動などの身体活動を用いない群と、週当たり6時間以上用いる群とで比較を行った結果、週当たり6時間以上の身体活動を行う群では、43%パーキンソン症の発症リスクが低かった。
●身体活動を頻繁に行っている人はうつ症状が少ない? ・1958年の英国誕生コホートに参加した約11,000人を対象に、50歳になるまで追跡したデータをもとにして検討したところ、週当たりの身体活動頻度が高ければ高いほど、うつ症状は0.06ずつ50歳時点で少なかった。
●運動によってADHDの症状が緩和? ・ADHD症状が重い32人の若年成人男性を対象とし、ある1日に運動(20分間、中程度の強度でエアロバイクをこぐ)を、また比較のため別の日には休息(20分間、座位で休息した状態)をしてもらった。その結果、対象者が"課題をしたい"と感じたのは、運動後のみであった。対象者らは、運動後に、混乱する気持ちと疲労感が少なく、やる気を感じたという。
●有酸素運動で加齢による脳容量の減少が抑制? ・全体としては、運動は海馬体の総容量に対する増加作用が見られたわけではないものの、ヒトの海馬体左領域のサイズを増加させていることが有意に示唆される内容であった。 ・研究者は、運動を行う際には脳の中に脳由来神経成長因子(BDNF)と呼ばれる化学物質が生成され、これが加齢に伴う脳機能の低下を抑制するように機能しているようである、指摘している。
精神活動のエネルギー
・脳代謝の権威が述べるところによれば、精神活動にはほとんどエネルギーが使われていない。 ・エネルギーはほぼすべての管理維持に、主には神経細胞内の電位を維持するためにナトリウムを細胞の外にくみ出すことに使われている。 ・体に外傷、火傷、手術、感染などの損傷があるときは、体が代謝亢進の状態になって、必須栄養素の消費量が増える。 →脳だけが損傷を受けたとき、代謝亢進は相対的により大きくなり、もし脳を守るために必要とあれば、体のほかの部位は飢える。 →この効率の悪い代謝亢進のために精神活動に犠牲がでる。 →体の代謝亢進が大きければ大きいほど、大脳のエネルギー消費の効率は下がり、より大きな認知障害が出る。 ※参考資料『リチャード・E.シトーウィック(2002)共感覚者の驚くべき日常 草思社』