記憶

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  1. 記憶の種類
  2. 記憶、学習と脳の部位
  3. 記憶の固定化
  4. 情動、ストレスと記憶
  5. 恐怖の記憶の消去
  6. 記憶のあいまいさ
  7. 睡眠と記憶の関係
  8. 緊急事態ストレス・ディブリーフィング

記憶の種類

●L・R・スクワイアの記憶の分類
 
感覚記憶
短期記憶
長期記憶
 陳述記憶(明示的記憶)
  エピソード記憶
  意味記憶
 非陳述記憶(潜在的記憶)
  手続き記憶
  習慣記憶
  非連合記憶
   慣れ
   感作
  プライミング
 
○感覚記憶
・見たり聞いたりしたときに、その内容がごく短時間(秒単位)保たれる記憶。
・目で見たもののイメージがごく短時間だけ思い浮かんですぐに薄れてしまうものなどが相当。
 
○短期記憶
・感覚記憶よりも持続時間が長い(数十秒以内)記憶。
・記憶容量が小さいという制限があり、7±2個のまとまりの情報しか保持できない。
・一瞬感覚記憶となった情報の中でもほとんどのものは捨てられ、注意の対象となったごく一部が短期記憶として保持される。
・最近は短期記憶の意義をとらえなおし、長期記憶から呼び出した情報の処理等の認知機能を含めて"ワーキングメモリー(作業記憶)"という概念もある。
 
○長期記憶
・長時間持続する記憶で、場合によっては一生涯記憶され続けることもある。
 
○陳述記憶
・言葉で表現できる記憶。
・エビソード記憶
個人的な体験、出来事に関する記憶。
・意味記憶
事実や法則についての記憶。
 
○非陳述記憶
・言葉で表現できない記憶。
・手続き記憶
何かをする方法、技能を体で覚える記憶。自転車の乗り方など。
・習慣記憶
無意識のうちに徐々に形成される刺激と反応の連合を指す。
・慣れ
同じ刺激が繰り返し与えられると、それに対する反応が弱まることを指す。
・感作
慣れとは逆に、同じ刺激が繰り返し与えられると、それに対する反応が強まることを指す。
・プライミング
先行情報が後から与えられた情報に影響を及ぼす効果を指す。
 
※参考資料『ジェームズ・L.マッガウ(2006)記憶と情動の脳科学 講談社』

 

●顕在記憶と潜在記憶
 
○顕在記憶
・名前、顔、出来事、物事等、事実についての知識を符号化する。
・海馬と側頭葉の初期のやり取りが決め手となり、意識の影響を直接受ける。
・融通が利いて検索も速いものの、当てにならないことがたまにある。
 
○潜在記憶
・食べる、話す、歩くから自転車の乗り方まで、一度覚えたら意識しないでもこなせる技能や習慣を貯蔵している。
・変更が難しく覚えも遅いが信憑性は高い。
・この記憶には大脳基底核と小脳が関係している。
 
○顕在記憶と潜在記憶
・数々の日常的な機能や学習はどれも、顕在記憶が潜在記憶に移った結果である。
顕在記憶が潜在記憶に変わると、何かをするたびに、以前どうやったかなど考えなくてもすむ。
 
※参考資料『ジョン・J.レイティ(2002)脳のはたらきのすべてがわかる本 角川書店』

記憶、学習と脳の部位

●ヘッブ学習、ヘッブの可塑性
 
・シナプス前ニューロンからの入力が到着したときにシナプス後ニューロンの細胞が興奮していたことによって、二つのニューロンの接続の強さが変化する現象。
 
・一つの細胞への弱い入力と強い入力が同時に起こるとき、強い経路との連合によって弱い経路が強化される。
・ヘッブの可塑性は、連合記憶(2つの刺激もしくは出来事がどう関係しているかについての記憶)の基盤になっていると多くの研究者が考えている。
 
※参考資料『ジョゼフ・ルドゥー(2004)シナプスが人格をつくる みすず書房』

 

●海馬、尾状核と記憶、学習
 
○海馬
・海馬に損傷があると、新しい事実や、新しい情報の間の関係などの知識の保存や固定化に障害が起こる。
・獲得された情報に基づいて推論したり、一連の特定の出来事を記憶したりする能力にも障害が起こってしまう。
・脳の損傷の影響を調べた多くの研究から、海馬は場所の学習(どこへいくか)に関わっていることが分かっている。
 
○尾状核
・身体の運動機能の調整に重要であることが知られている。
・尾状核の機能不全は、パーキンソン病などの疾患と関連する。
・ラットでは尾状核を損傷すると、ある種の反応学習に限定された障害が発生する。
・脳の損傷の影響を調べた多くの研究から、尾状核は手がかり学習(何をするか)に関わっていることが分かっている。
 
○ノーマン・ホワイトとマーク・パッカードのラットを使った研究
・海馬機能に影響する脳へのダメージがあると、水面下の透明な台の位置を周りの景色から探り当てる方式の学習は障害を受けたが、ボールの手がかりがある台まで泳いでいく学習は影響を受けなかった。
・尾状核の損傷では、手がかりのある台に行く学習が障害を受けたが、周囲の景色から透明な台の場所を判断する学習には影響がなかった。
 
※参考資料『ジェームズ・L.マッガウ(2006)記憶と情動の脳科学 講談社』

 

●前頭葉と作業記憶
 
・現実には、記憶したものを思い出すという行為には、今どんな情報が自分に役立つかを即座に決定し、次に、利用できる膨大な知識の中からその情報を選び出すことが含まれている。
→利用できる大量の情報量を考えると、決定するのは大仕事で、込み入った神経系の情報処理が必要であり、これを実行しているのが前頭葉。
・刻々と変化する決定、選択、切り替えのプロセスを経て記憶を制御しているのが前頭葉であり、この種の記憶は"作業記憶"と呼ばれている。
 
※参考資料『エルコノン・ゴールドバーグ(2007)脳を支配する前頭葉 講談社』

 

●前頭前皮質と大脳基底核と作業記憶
 
・顕在記憶と作業記憶は、前頭葉の少なくとも二つの主要な脳領域、前頭前皮質と大脳基底核に依存している。
・短期間の記憶を形成する機能は、運動皮質(前頭葉)による運動出力を大脳基底核が制御する働きを反映するからうまく機能している、という説がある。
 大脳基底核が、どの情報を前頭前皮質に"入れて"記憶させるかを判断している、という説もある。
・前頭前皮質と大脳基底核は、作業記憶の形成以外にも、注意、目標の計画、問題解決といった複雑な認知機能のかなり多くにも関わっている。
→注意、作業記憶、計画、目標設定といった様々な高度の認知プロセスを一括して実行機能と総称される場合もある。
・作業記憶と実行機能は、ストレスや注意散漫などによって損なわれる場合がある。
・作業記憶は背外側前頭前皮質と大脳基底核に依存している一方、作業記憶が発生する場所も貯蔵される場所も、必ずしも一ヶ所とは限らない。
→作業記憶はそれらの部位だけに制御される単一の認知プロセスではなく、脳内の多数の部位間のきめ細かいコミュニケーションを必要とする。
 
○作業記憶の低下
・作業記憶は変動が激しく、ストレスや何かに気を取られることにより、かなり弱まることがある。
→何故かは解明されていないが、複合的な認知の様々な部分(作業記憶、注意、気が散ることなど)のすべてが完全に別個のプロセスではなく、神経資源を共有しているからでは、と考えられている。
 
●大脳基底核と記憶
 
・新しい手続記憶、技能学習を司る。
・大脳基底核のニューロンは、運動、作業記憶に重要で、新しい手続き記憶の作成も担っている。
 
※参考資料『ティモシー・ヴァースタイネン(2016)ゾンビでわかる神経科学 太田出版』

記憶の固定化

●短期記憶と長期記憶
 
・短期記憶と長期記憶は、それぞれ独自の保持期間を持ち、並行して、独立に作られている、と考えられている。
 
○長期記憶
・長期記憶は、時間をかけてゆっくりと固定化される。
・脳機能に影響を与える治療や障害が原因で、長期記憶の形成が影響されたという臨床知見や実験的証拠が存在する。
 
○イスラエルのアビ・カーニとドブ・サギの研究
・ヒトの被験者に視覚技能が必要な訓練を行った。
・訓練の効果は8時間経った時点では現れず、翌日のほうが良かった。その技能は数年間失われなかった。
 
○ジーンソク・キムとマイケル・ファンスローの研究
・条件性すくみ行動を観察することによってラットの逆向性健忘を研究。
・条件性すくみ行動は、実験箱内でラットの足に電気ショックにともなって音などの刺激を与えると、後でその音を単独で与えたときにもラットがすくんでしまう行動を指す。恐怖の記憶を反映していると考えられている。何らかの処置によって音を出してもラットがすくまなくなると、それは記憶が損なわれていることを意味する。
・ラットは四群にわけ、それぞれ訓練後1,7,14,28日目に海馬に損傷を作り、35日後に条件性すくみ行動を観察した。
・28日目に損傷を作ったラットの記憶保持成績は、損傷がない正常ラットの記憶保持成績と同じだった。
 それに対し、訓練後1日目に損傷を作ったラットには訓練の効果が見られず、7、14日目に損傷を作ったラットの記憶保持成績は1日目のラットよりは良かったが28日目のラットよりは悪かった。
→二週間におよぶ逆向性健忘が見られるという証拠が、訓練によって生じた記憶の固定化に海馬が関与すること、そして同時に海馬が固定化に関与するのはある一定期間に限られるという仮説を支持している。ラットでは、一ヶ月を過ぎると、もはや海馬は記憶の貯蔵や再生に必要とされなかった。
 
○レーザ・シャドメーアとヘンリー・ホルコムの研究
・PETを使って、ヒトの腕や手の動作を学習する際の脳活動を調べた。
・腕と手を使う訓練をした直後で、運動技能そのものにはまだ改善が見られないときでも、脳活動は変化していた。
→訓練後、何時間もかけて、時間と共に別々の脳部位が順々に活動していくことが明らかになった。
・脳の活動は、大脳皮質前頭前野から、大脳皮質運動野と小脳皮質に移っていった。
 
●非陳述記憶の記憶
 
・海馬やそれに隣接する側頭葉内側部の障害は、陳述記憶を固定化する働きを阻害することが分かっているが、いくつかの非陳述記憶は保たれる事が明らかになっている。
→認識した情報や運動技能といった非陳述記憶の固定化には、海馬や側頭葉ではなく、他の脳部位が関与しているようだ。
 
●記憶の固定化に関する薬物の効果
 
○ピクロトキシン
・GABA受容体をブロックすることによって間接的に生じる。
→抑制物質の効果を抑制することで興奮を生み出し、記憶の固定化が促進される。
 
○ムシモール
・GABAと同様に神経活動を抑制し、逆向性健忘を引き起こす。
 
○ベンゾジアゼピン
・GABAが神経活動を抑制する作用を強める。
・ベンゾジアゼピンは記憶の固定化を障害し、ペンゾジアゼピンの作用をブロックする薬物は記憶の固定化を増強する。
 
○グルタミン酸
・興奮性の神経伝達物質であるグルタミン酸を訓練後に注射すると記憶を増強する。
・特定のタイプのグルタミン受容体をブロックする薬物は、記憶の固定化を妨げる。
 
○アセチルコリン
・アルツハイマー病の治療に用いられる薬物の中には、アセチルコリンを不活性化する酵素の働きを阻害することで、脳の神経細胞が放出するアセチルコリンの作用を引き延ばすものがある。
・アセチルコリンの結合する受容体(コリン作動性受容体)には、ムスカリン性受容体とニコチン性受容体がある。
・フィゾスチグミンは、アセチルコリンを不活性化する酵素の働きを阻害するので、上記のどちらの受容体があるシナプスでもアセチルコリンの作用を引き延ばす。
・オキソトレモリンのような薬物はムスカリン性受容体を直接活性化する。
・アストロピンやスコボラミンのような薬物はムスカリン受容体をブロックする。
・コリン作動性受容体を活性化する薬物は記憶を増強し、その受容体をブロックする薬物は逆向性健忘を起こすことが分かっている。
 
○オピオイド受容体
・ナロキソンのようにオピオイド受容体をブロックする薬物は記憶の固定化を増強する。
・オピオイドペプチドであるβエンドルフィンやモルヒネは、オピオイド受容体を直接活性化し、記憶の固定化を阻害する。
 
○ノルアドレナリン(ノルエピネフリン)
・アンフェタミンのような薬物は、ノルアドレナリンとドーパミンで活性化される受容体を間接的に刺激し、アドレナリン受容体を直接刺激する薬物と同様に記憶の固定化を増強する。
※ノルアドレナリンは、アドレナリンに構造が似た物質で、アドレナリンが全身で作用するのに対し、ノルアドレナリンは主に脳内物質として作用する。ノルアドレナリンもアドレナリン受容体に作用する。
 
※参考資料『ジェームズ・L.マッガウ(2006)記憶と情動の脳科学 講談社』

 

●学習と脱学習
 
○学習
・新しいことを学習するときには、ニューロンはいっしょに発火して一緒につながる。そして、ニューロンのレベルで"長期増強(LTP)"という化学変化が起こり、ニューロンの結合を強化する。
 
○脱学習
・脳が学習した連想を捨て、ニューロンを分離するときには、"長期抑圧(LTD)"という化学変化が起きる。
・結合を強化するだけだったら、ニューロン・ネットワークは飽和してしまうと思われる。ネットワークに新しい記憶を入れる場所を作るためには、まずは記憶を消すことが必要なことも明らかになっている。
・ある発達段階を終えて、次へ移行するときには、脱学習が欠かせない。
 
※参考資料『ノーマン・ドイジ(2008)脳は奇跡を起こす 講談社インターナショナル』

情動、ストレスと記憶

ストレスが海馬に与える影響については以下の記事参照。
ストレスと脳、神経の関わりの”ストレスが海馬に与える影響”

●シーモア・ケティの仮説
 
・情動がかきたてられると神経伝達物質のノルアドレナリンが放出されて、そのノルアドレナリンが直近に活性化した脳のシナプスに作用し、記憶の固定化を促進する。
 
●ストレスホルモンのアドレナリンの記憶への影響
 
○ポール・ゴールドとロデリック・ファン・バスカークの実験
・ラットに学習課題を訓練した後、アドレナリンか生理食塩水を注射した。
・訓練直後にアドレナリンを投与すると、訓練の記憶保持の成績は著しく向上した。
 
○アドレナリンがどのように作用するか?
・アドレナリンは、血液脳関門を通りに抜けられず、脳内に入っていけない。
・副腎からアドレナリンが放出
→迷走神経にあるβアドレナリン受容体に作用
→迷走神経は脳幹の孤束核に結合していて、孤束核は扁桃体と結合を持ち、扁桃体でノルアドレナリンを放出
 
●ストレスホルモンのコルチコステロンの記憶への影響
 
・コルチコステロンはアドレナリンが放出されない程度の穏やかなストレス刺激によっても副腎から血流に放出される。
・コルチコステロンを訓練の後に注射すると、記憶の固定化を高めるという証拠が数多くある。
・このホルモンは、血液脳関門を通過できるので容易に脳に入り、多くの脳部位で神経細胞のグルココルチコイド受容体を活性化させる。
・この場合も、アドレナリンの働き方と同様に、扁桃体の役割が重要とされている。
 
○ベンノ・ローゼンダールの研究
・訓練の後にグルココルチコイド受容体活性剤を直接海馬に注入すると、記憶の固定化を増強することを発見。
・扁桃体を損傷したり、扁桃体のβアドレナリン受容体をブロックしたりすると、訓練後の海馬の中にグルココルチコイド受容体を活性化する薬物を注入しても、記憶増強が見られなかった。
 
●ストレスの記憶の想起への影響
 
・小さなストレスは、記憶するときには記憶を強めるが、思い出すときには一時的に妨害することがある。
 
○ドミニク・デ・ケルバインとベンノ・ローゼンダールの研究
・ラットでもヒトでも、ストレス(およびストレスによって引き起こされるコルチゾール血中量の増加)は十分に確立されたはずの記憶を思い出しにくくした。
・上記障害は約1時間続いた。
・副腎でのコルチゾールの合成や放出を妨げる薬物によって想起の障害が起こらなくなることを確かめた。
 
●ストレスホルモンが記憶に影響を与えるメカニズム
 
①情動をかきたてられたりストレスを受けたりすると、副腎から二種類のストレスホルモンが放出される。
②ストレスが弱いときは副腎皮質からグルココルチコイドだけが放出され、ストレスが強いときには、それに加えて副腎髄質からアドレナリンも放出される。
③血流で脳内に運ばれたグルココルチコイドは、脳幹の孤束核や扁桃体外側基底核、あるいは大脳皮質で神経細胞に入り込み、グルココルチコイドを活性化させ、記憶の固定化を増強する。
④アドレナリンは迷走神経の受容体に結合し、迷走神経を興奮させる。
→迷走神経が脳幹の孤束核の神経細胞を興奮させ、扁桃体内にノルアドレナリンが放出される。
→扁桃体内の受容体にノルアドレナリンが結合すると、グルココルチコイドの作用が強まり、記憶の固定化が促進される。
⑤抑制性神経伝達物質であるGABAとオピオイドペプチドは扁桃体内でのノルアドレナリンの放出を抑制する。
→GABAやオピオイドペプチドをブロックする薬物は、扁桃体でのノルアドレナリンの放出を増やし、記憶の固定化を増強する。
 
●トラウマとβ遮断薬
 
・情動をかきたてる経験をより強固に固定化するときには、ストレスホルモンであるアドレナリンと神経伝達物質であるノルアドレナリンが大きなカギとなる。
・β遮断薬はβアドレナリン受容体をブロックする。
・動物とヒトを対象とした研究から、β遮断薬は、情動が長期記憶の固定化を増強する働きを抑制するという証拠が得られている。
・トラウマ的な出来事を経験した後にβ遮断薬を投与すれば、何度も繰り返されるはずだったトラウマの記憶の増強を防ぎ、PTSDの進行が抑制できると考えれられる。
・トラウマになりそうな出来事を経験した直後の救急隊員に、β遮断薬またはプラセボを投与したしたところ、トラウマの経験から一ヵ月後、β遮断薬を投薬された救急隊員ではPTSDの症状は少なく、二ヵ月後に彼らがその出来事を思い浮かべるように求められたときも、血圧上昇等の生理学的反応はプラセボを投与された救急隊員と比べて低いという結果が得られた。
 
※参考資料『ジェームズ・L.マッガウ(2006)記憶と情動の脳科学 講談社』

 

●気質と記憶に関する実験
 
①被験者を催眠で幸せな(又は悲しい)気分にさせる。
②ポジティブ、ネガティブな気持ちを連想させる言葉のリストを見せ、記憶してもらう。
→幸せな気分のときにリストを提示された被験者はよりポジティブな単語を記憶し、悲しい気分だった被験者はネガティブな単語を記憶していた。
 
・記憶とは単に過去に起きた出来事を正直に、正確に報告するのではない。記憶が提示するのは各自の世界観や利益に合うように、起きた出来事を高度に選択しなおしたものと考えられる。
 
※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』

 

●フラッシュバルブ記憶
 
・扁桃体と海馬のつながりに依存。
・きわめて衝撃的な出来事が起こると、扁桃体が海馬に知らせ、記憶をよりしっかりと固定させる。
 
※参考資料『ティモシー・ヴァースタイネン(2016)ゾンビでわかる神経科学 太田出版』

 

●強い感情の記憶と扁桃体
 
・強い感情の記憶は脳の構造そのものに焼き付けられることがある。
 
・まだ記憶が形成される前から、はりめぐらされた神経網を通じてストレスホルモンを活性化し、闘争や逃走の用意をさせる。理性を司る大脳皮質を通過せず、ただちに扁桃体が活性化させる。とりあえず逃げてから後で考える。
 
・扁桃体だけで形成された記憶は、名も無ければ具体性もない恐怖感や不快感。海馬によってそれに関わる時間や場所などの周辺状況が提供される。
 
※参考資料『ブルース・マキューアン(2004)ストレスに負けない脳 早川書房』

 

●情動、ストレス、記憶
 
・記憶形成のあいだの情動喚起の強さが中程度であれば、記憶は強化される。しかし、情動喚起の程度が強い場合(特に強いストレスがある場合)、記憶はしばしば妨げられる。
 ストレスは海馬の機能に変化を生じさせ、それによって明示的記憶が妨げられる、という研究報告がある。
 
・ストレスによってコルチゾールの血中濃度が高くなる
→コルチゾールは脳に達し、海馬の受容体と結合。
→海馬の活動が妨げられ、側頭葉記憶システムが明示的記憶を形成する能力が弱まる。
 
・ストレスホルモンは前頭前野にも悪影響を与える。
人がストレスにさらされているとき、往々にして不適切な判断をするのはそのためかもしれない。
 
・強いストレスは、扁桃体の恐怖への関与を強めるようだ。
 明示的記憶の形成を弱めたり、思考と推論によって恐怖を制御したりする能力を弱めるような条件が、同時に恐怖反応を強め、ストレスや苦悩をもたらす状況についての情報を内示的に貯蔵する(意識しないで情報を学習し、貯蔵する)能力を強化してしまう。
 これには良い面と悪い面がある。良い面は、明示的な記憶が妨げられているときでも、危険な状態についての有益な情報を蓄えることができる。悪い面は、もし私たちが何について学習しているのか知らなければ、後になってそれらの刺激が生じたとき、理解や制御の困難な恐怖反応が起こり、適応に役立つ結果ではなく、病的な結果を招きかねない。
 
※参考資料『ジョゼフ・ルドゥー(2004)シナプスが人格をつくる みすず書房』

恐怖の記憶の消去

○恐怖の記憶とグルタミン酸受容体
・ニューロン間の情報伝達に関わる神経伝達物質の受容体の中で、グルタミン酸受容体と呼ばれるものが、恐怖の記憶をつくるうえで非常に重要な役割を果たすことがわかってきている。
・この受容体は、AMPA受容体(日常的なグルタミン酸の受け渡しを担当し、速い興奮性シナプス伝達を行っている)とNMDA受容体(より長期的な神経回路の可塑性や発達に重要な役割を果たす)の二つのタイプに分けられる。
 
○NMDA受容体とPTSD
・NMDA受容体が活性化すると脳内では一連の変化が縦横に発生し、深い痕跡が残る。
 多くの神経科学者の考えによれば、PTSDの根底にあるメカニズムとは、思考の反復によって神経のネットワークの中に道がつくられ、脳のあちこちにメッセージがたやすく伝達できるようになることだと考えられているが、PTSDにはNMDA受容体の活性化によって五感から扁桃体に深い道が刻まれることも関連していると考えられる。
 
○D-サイクロセリンという抗生物質
・様々な作用を持つが、扁桃体内部のNMDA受容体に直接働きかけるのもその作用の一つ。
→D-サイクロセリンの刺激でNMDA受容体が活性化し、可塑性が増す結果、暴露療法などの心理療法はより大きな効果を発揮できるようになる。
 
○恐怖の記憶の消去
・消去のプロセスとは、恐怖を消し去るのではなく、ただ抑制するだけらしいことが、恐怖の条件づけの実験からわかっている。
→抑制されただけの恐怖は、何かの拍子にたやすく元通りになる可能性がある。
・新しく発見された事実によれば、記憶(特に感情にまつわる記憶)は、人がそれを思い出すときに再活性化され、一時的にではあるが変化を受けやすい柔軟な状態になる。この再活性化の最中は、もとの記憶に新しい情報が加わることができる。専門的にはこのプロセスは"再統合"と呼ばれ、およそ6時間続く。
・フェルプスとルドゥーのチームは、恐怖の記憶を再活性化することによって、恐怖ではない新しい情報で記憶の痕跡を更新できる事を発見した。
 
・トラウマの記憶をまず想起し、その後消去のトレーニングを行うことで、その記憶にまつわる恐怖心を消すことが出来る。
 
※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』

 

●記憶の消去と前頭前野、扁桃体
 
・記憶を消す(忘れるのではなく、消去・塗り替え)場合には、大脳皮質の前頭前野で行われる。前頭前野によって、直感的な恐怖心を克服できる。
 大脳皮質から扁桃体へ行く回路は小さいので、消去するには時間がかかる。
 
※参考資料『ブルース・マキューアン(2004)ストレスに負けない脳 早川書房』

 

●恐怖の解消
 
・神経学的には、恐れとは危険の記憶。
・不安障害になると、脳は常に恐ろしかったときの記憶を再生しようとする。
 
○恐怖消去という神経のプロセス
・元の恐怖の記憶を消すことはできないが、新しい記憶を作り出し、それを強化することで、元の記憶を脇へ押しやることが出来る。
・脳は、恐怖の記憶と並行する回路を築くことで、不安を感じそうな状況でも、無害な代替案の方を示せるようになる。
→そうやって恐れる必要がないことを学んでいく。
→不安の種となっていたものと、それへの典型的な反応とが切り離され、正しい解釈の回路につなぎ直される。
 
○認知行動療法(CBT)
・恐怖の記憶を中立的あるいは前向きな記憶へと置き換えることができる。
・研究によれば、不安障害の治療においてCBTにはSSRIと同等の効果があるようだ。
・この療法では、セラピスト同席のもと、恐怖をもたらすものに少しだけ接触させる。
→そこでパニックに陥らなければ、脳は自らの症状への認知を構築しなおす。
→前頭前野に新しくできた回路が扁桃体を落ち着かせ、安全だと思えるようになり、脳はその感情を記憶する。
・この療法に運動を加えると、神経伝達物質と神経栄養因子によって前頭前野と扁桃体をつなぐ回路は強化され、コントロールする力がさらにつく。
 
※参考資料『ジョン J.レイティ(2009)脳を鍛えるには運動しかない 日本放送出版協会』

記憶のあいまいさ

●ピーク・エンドの法則(ダニエル・カーネマン)
 
・過去の経験の嬉しさ、不快さに関する記憶は、ほぼ全面的に、次の二つの要因で決まる。
ピーク(最高の瞬間あるいは最悪の瞬間)にどう感じたかと、終わったときにどう感じたか。
→ピークの快、不快の度合いは同じでも、終わり方の感じ方の程度の違いで評価結果が変わる。
・経験の過程全体で、うれしさと不快さの割合がどの程度だったとか、それがどれくらい続いたかといった要因は記憶にはほとんど影響しない。
 
※参考資料『バリー・シュワルツ(2004)なぜ選ぶたびに後悔するのか ランダムハウス講談社』

 

●最後の場面に対する記憶
 
・記憶は経験についての"ノーカットの長編映画"ではなく、独特な形のあらすじを保存する。記憶の独特な性質の一つとして、最後の場面に対する影響、がある。
→一連の音、文字、絵、におい、人々に会うなどの情報に接した場合、最初や中間にくるものより、最後に来るものの方がはるかによく思い出せるという強い傾向がある。
 そのため、一連のもの全体を振り返ったときの印象も、最後に来るものに強く影響される。この傾向は、快楽や苦痛の経験を振り返ったとき、特に強くなる。
 
●経験の記憶、経験の読み出しのあいまいさ
 
・経験を思い出すのは、引き出しをあけて、書かれたその日にファイルされた物語を取り出すことのように感じるが、この感覚は脳による幻想の一つ。
 記憶は、経験を完全なかたちで記憶しておらず、巧妙に編集されている。
 経験の要点を切り取って保存し、人が読み出したいと思うたびに、要点をもとに物語を書き直す。
・普通、脳によるこの編集は、どの要素が不可欠でどの要素が不要かがうまく判定されるので、切り取って保存する記憶内容はだいたいうまくいく。
 ただし、記憶にはいくつかおかしな癖があり、そのせいで過去が誤って再現され、そのせいで人は未来を誤って想像してしまうことがある。
 
・脳は事実と仮説を使って過去の出来事について推測するし、同じように過去の感情についても推測する。感情は、出来事と違って後に事実を残さないので、脳は、かつて感じた気持ちという記憶を組み立てるために、仮説に重きを置かなければならない。
 
●記憶の穴埋め
 
・出来事の後で得た情報が、出来事の記憶を改変してしまう。
①記憶行為には、保存されなかった細部の"穴埋め"が必要である。
②穴埋めは苦も無く瞬時に行われるため、人はたいていその穴埋め作業に気づかない。
 
例)
①被験者に一連のスライド(赤い車が"徐行"の標識へ向かって走り、右折し、歩行者をはねるまでを撮った写真)を見せた。
②その後、一部の被験者には何も質問せず(質問なし群)、残りの被験者には、"赤い車が"一時停止"の標識で停まっていたとき、別の車が通りましたか?"という質問をした(質問あり群)。
③次に、すべての被験者に二枚の写真(一枚は赤い車が"徐行"に近づいている写真、もう一枚は"一時停止"に近づいている写真)を見せて、さっき見たのがどちらだったかを尋ねた。
④その結果、質問なし群の被験者の90%は"徐行"の写真を選び、実際に見た写真の映像が記憶として保存されていることが分かる。しかし、質問あり群の被験者の80%は"一時停止"の写真を選んだ。実際に写真を見た映像の記憶が質問によって塗りかえられたと考えられる。
 
例)
①次の単語リストを読んで、読み終えたらすぐにリストを隠す。
(ベッド、起きる、いびき)
(休息、いねむり、昼寝)
(目覚め、毛布、平安)
(疲れ、うたた寝、あくび)
(夢、まどろみ、睡魔)
②次の単語のうち、リストにないのはどれか?
(ベッド、うたた寝、眠る、ガソリン)
③答えは、"ガソリン"と"眠る"。
④たいていの人は、リストに"ガソリン"がないことは分かっても、"眠る"はあったと誤って記憶している。
 リストの単語がどれも密接に関連しているため、読んだ単語を一つ一つ保存する代わりに、要点(眠りに関係する単語の集まり)を保存しようとする。
→人は要約語を見たとぼんやり思い出すわけでも、たぶん見ただろうと推測しているわけでもなく、要約語を見たことを鮮明に記憶していて、まちがいなくあったと確信を持っている。
 
※参考資料『ダニエル・ギルバート(2007)幸せはいつもちょっと先にある 早川書房』

 

●記憶違い
 
○ミュンスターバーグの説
①人間は出来事の一般的な要点はよく記憶できるが、詳細はうまく記憶できない。
②正確に話そうと誠実に対応する善意的な人間でさえ、覚えていない細部を問い詰められると、うっかりでっち上げて記憶の欠落を埋め合わせてしまう。
③人間は自分がでっち上げた記憶を信じてしまう。
 
※参考資料『レナード・ムロディナウ(2013)しらずしらず ダイヤモンド社』

 

●目撃情報と過誤記憶
 
・2015年、DNA検査により、合理的疑いの余地なく無罪と立証された325件の事件のうち、235件もの事件に目撃者の誤認が関わっていた。
 
※参考資料『ジュリア・ショウ(2016)脳はなぜ都合よく記憶するのか 講談社』

緊急事態ストレス・ディブリーフィング

・誰かが非常に感情的な出来事を経験したとき、人々が困難な時期を乗り越える手助けをする精神的な応急処置。
・体系的な取り組みで、訓練を受けた危機介入カウンセラーが行う。
・感情的な出来事を経験した人は、誰かとその経験を共有する必要があるという考えに基づいている。退却期と呼ばれる時期に入ると自分に起こったことと向き合うようになり、同様の経験をした人を探し求めることが多いため。
 
○方法
①発生から24~72時間までに該当者を集め、小さなグループに分ける。
②各参加者は起きたことを話すように促される。徐々に誘導されながら、出来事とその影響を開示していく。
③最後に参加者は、自分の経験に似た出来事を例にして、正常な回復がどんなものなのかを教えられる。
 
○上記方法に対する懸念
・グループで回想すると、言語隠蔽効果によって、自分の描写と他の人の描写の両方が、その人の記憶記録に永遠に残ってしまうかもしれない。
 他の人の新しい説明を聞くたびに、自分の記憶が損なわれる可能性もある。
・重大な感情的な出来事を経験した人のすべてがPTSDになるわけではなく、およそ10名に1人と言われている。緊急事態ストレス・ディブリーフィングによって、人の反応を、悪い意味で均等に分散させ、人の記憶と反応を、何もしなかった場合より悪いものにしてしまう可能性がある。
 自分は苦難を経験したが、個人的にはそれほど恐ろしいものではなかったと考えていた人が、他の苦しんでいる人を見て、自分の姿勢を考え直し、"一大事であるべきなんだ"と考えるようになってしまうかもしれない。その結果、その経験を再評価し、全体の状況をより悪いものとして記憶してしまうかもしれない。
 
※参考資料『ジュリア・ショウ(2016)脳はなぜ都合よく記憶するのか 講談社』

睡眠と記憶の関係

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