快感、報酬、欲求、依存症

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  1. 脳内の快楽中枢、快感回路
  2. ドーパミンと快感
  3. 食欲、満腹感
  4. 恋愛、性欲
  5. 痛みと快感
  6. 依存性
  7. ランナーズハイ

脳内の快楽中枢、快感回路

●脳内の快楽中枢 側坐核
 
・ロバート・ヒースの精神疾患患者に対する研究で、脳の奥のあちこちに小さな電極を埋め込んで電流を流す実験をしたところ、側坐核に対して刺激を与えると性的な快感などを感じた。
・ホセ・デルガドの同様な実験では、側坐核の刺激は憂うつを晴らす効果が少なくとも一時的にはあることを確認した。
・側坐核が刺激されているとき、ドーパミンの分泌が増大するのが確認された。
 
※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』

 

●ラットの快感回路
 
・ラットの快感回路の構造は人間に非常によく似ている。
 
○腹側被蓋野(VTA)
・VTAのニューロンはドーパミンを放出する軸索を扁桃体と前帯状皮質(情動の中枢)、背側線条体(ある種の習慣の学習形式に関係)、海馬(事実や出来事の記憶に関係)、前頭前皮質(判断や計画を司る)といった領域に伸ばしていて、信号を送り出す。
・内側前脳束の軸索は、興奮性の神経伝達物質グルタミン酸をVTA内に放出する。
 
○側坐核
・側坐核のニューロンの軸索は、抑制系の神経伝達物質GABAをVTAのドーパミンニューロンに放出する。GABAはVTAニューロンの活動を抑え、ドーパミンの放出を阻害する。
・側坐核は、VTAからドーパミン、前頭前皮質、扁桃体、海馬からグルタミン酸を含む興奮性の軸索が届いている。
 
・ある経験がVTAのドーパミンニューロンを活動させ、その結果、投射標的(側坐核、前頭前皮質、背側線条体、扁桃体)にドーパミンが放出されるとき、その経験は快いものと感じられる。
 そして、このような快い経験に先立つ(あるいは伴う)感覚や行動が手がかりとして記憶され、ポジティブな感情に関連付けられる。
 
・VTAから標的領域で放出されたドーパミンはシナプス間隙に拡散し、標的ニューロンの受容体を活性化して作用を引き起こす。
 このとき、放出されたドーパミンは拡散しきってしまうわけではない。大半はドーパミン・トランスポーターと呼ばれるタンパク質の作用で元の軸索端末に再び取り込まれ、次の放出に備えて小胞に再貯蔵される。
→このため、ドーパミン・トランスポーターの働きを阻害すると、標的ニューロンへのドーパミン本来の作用が拡大強化され、信号がより強く、長時間伝わることになる。
 
※参考資料『デイヴィッド・J.リンデン(2012)快感回路 河出書房新社』

 

●快楽中枢
 
・中隔や側坐核などと並び、視床下部も快楽中枢であることが証明されている。
・ヒトの脳の報酬メカニズムでは、様々な神経伝達物質の系が互いに影響しあっているが、側坐核でのドーパミンの相互作用が重要だと言われている。
 側坐核は学習でもカギとなる部位で、情報にラベル付けし、他の脳の部位に注意を促している。ここを電極で刺激したラットは物覚えが良くなり、学習中に使用する大脳皮質も広範囲に及ぶ。
 
※参考資料『ジョン・J.レイティ(2002)脳のはたらきのすべてがわかる本 角川書店』

 

●モーティブ回路(脳刺激報酬回路)
 
・腹側被蓋野のドーパミンニューロンの活性化により前脳の多くの領域でドーパミンが放出されるが、報酬とモチベーションによってとりわけ重要なのは側坐核という領域。
 
○側坐核
・側坐核は前脳の底近く、扁桃体の前に位置する線条体の一領域。
・側坐核とそれに接続する領域は、情動情報刺激が行動をゴールに向けて方向付ける回路の重要な要素であると考えられている。
 
※参考資料『ジョゼフ・ルドゥー(2004)シナプスが人格をつくる みすず書房』

ドーパミンと快感

●ドーパミンの役割
 
・食べ物やセックスや薬物といった快楽に反応して分泌されるが、一方、騒音や電気ショックなど不快なものへの反応としても分泌される。
・ドーパミンは、上記刺激に先んじて分泌され、快楽物質というよりむしろ予感物質として働いている。
・ドーパミンを分泌させるには新しい体験がとても有効だということが分かった。なぜなら新しい体験は新たな行動を促すから。
・新しい経験をするとドーパミンが送り出され、気持ちがよくなるということは分かっている。
・脳内のドーパミンの量は思春期をピークとして一定の割合で減少していく。
 
※参考資料『グレゴリー・バーンズ(2006)脳が「生きがい」を感じるとき 日本放送出版協会』

 

●ドーパミンと快感
 
○ケント・ベリッジの実験
・コカインを楽しみのために使用する人々を対象に実験を行った。
・コカインは脳内のドーパミンを増加させる作用を持つ。
・コカイン摂取後、ドーパミンの増加を人工的に抑制したところ、快感自体は減少しなかった。変化したのは、コカインを摂取したいという欲求のほうだった。
→ドーパミンが担うのは何かを"欲する"ことであって、何かを"気持ちよく感じる"ことには必ずしも関係しない。
 
・"欲する"ことと"気持ちが良い"ことの二つは、快感という現象の異なる側面であり、それぞれに独自の神経伝達物質が関与している。
→生物学上好ましい経験をより輝かせ、"気持ちよく"見せるのがオピオイドのはたらきなのに対し、ドーパミンはその経験を"欲して"反復させる作用をもつ。
 
※参考資料『エレーヌ・フォックス(2014)脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋』

 

●ドーパミンと達成行動、期待行動
 
・ドーパミンは達成行動(食べること、飲むこと、セックスすること)にではなく、期待行動(食べ物、飲み物、性的パートナーを探すこと)に関わっている。
 
・ドーパミンは期待の局面だけに関わっていて、達成の局面に関わっていないのだから、その作用は(少なくとも、何かを欲する状態に関する作用は)快楽という観点からは説明できない。
 
・ドーパミンは報酬の基礎だという古典的な仮説に執着する人々もいる。
 もう一つの考え方として、二次的刺激誘引があるときの期待行動の開始と持続にとって、ドーパミン分泌が重要、というものがある。
 また、ドーパミンの分泌は何か新しい予期しないことが起こっているのを前脳に知らせるが、報酬そのものが起こったことを知らせるわけではない、という説もある。
 注意を切り替え、行為を選ぶのにドーパミンが関わっているという説もある。
 
※参考資料『ジョゼフ・ルドゥー(2004)シナプスが人格をつくる みすず書房』

食欲、満腹感

胃腸の基礎知識の”空腹、満腹の伝達の仕組み”参照。

恋愛、性欲

以下の記事参照。
恋愛感情、性欲、愛着の”恋愛と快感”、”性欲、性的興奮”

痛みと快感

・快感回路の鍵をにぎるVTAニューロンからのドーパミン放出は、痛覚刺激によっても引き起こされるということが明らかになった。
→短期的な痛みというのは必ず終わるものであり、そのときの痛みからの救済という体験はそれ自体、快感。
 
※参考資料『デイヴィッド・J.リンデン(2012)快感回路 河出書房新社』

依存性

※薬物の種類、作用については以下の記事参照。
精神疾患と薬物療法、非薬物療法の”薬物の種類と作用”

●薬物の依存性
 
・ドーパミン系の内側前脳快感回路を強く活性化するヘロイン、コカイン、アンフェタミンなどは依存性のリスクが大きい。
・快感回路をそれ程活性化しないアルコール、大麻などは依存性のリスクが比較的小さい。
・快感回路を活性化しない、LSD、ベンゾジアゼビン、抗うつ薬のSSRIなどは、依存性のリスクはほとんど、あるいは全くない。
 
○薬物耐性と依存性
・連続摂取の直後から、同じだけの多幸感を得るには用量を増やす必要が出てくる。
・定期的に使用し続けると、耐性はどんどん高まる。それにつれ依存性も進行する。
・依存性になると、ハイになるのに必要な用量が増えるだけでなく、使っていないと気分が悪くなる。
・依存症は、精神症状(うつ、焦燥、薬が切れているときの集中力の欠如など)としても身体症状(吐き気、けいれん、悪寒、発汗など)としても表れる。
・症状が進むにつれ、耐性、依存症、渇望が現れ、得られる多幸感は徐々に弱まっていく。快感よりも欲望が先に立ち、嗜好が不足感へと変化する。
 
○遺伝要因
・一卵性双生児と二卵性双生児の比較研究から、依存性リスク要因の40~60%は遺伝的なものと推定される。
・単一の"依存性遺伝子"のようなものはなく、この複雑な発現形質に関係する遺伝子は多数ある可能性が高い。
・知的で、想像力があり、新しい体験を求めるといった特性
 
●ギャンブル依存症
 
○遺伝的要因
・男女それぞれの一卵性と二卵性の双子でギャンブル依存性について調べた研究によると、男性の病的ギャンブルのうち35~55%が遺伝的要因で説明がつくと言えるという。女性ではそれほどはっきりしたことは言えないという。
 
※参考資料『デイヴィッド・J.リンデン(2012)快感回路 河出書房新社』

 

●報酬中枢と依存症
 
・報酬中枢は、人が好み、欲し、必要とするものを手に入れるにはどうすればよいのかを学ぶのに必要なやる気を脳に与えている。
・依存性に関わる刺激(アルコール、カフェイン、ニコチン、薬物、セックス、炭水化物、ギャンブル、テレビゲームなど)は、側坐核のドーパミンを増加させる。
・ドーパミンは、報酬を得るための意欲に関係している。好きかどうかは関係ない。
・快楽と痛みの合図はどちらも側坐核に大量のドーパミンを流し、注意喚起して生き残るための行動が取れるようにする。薬物によって大量のドーパミンが放出されると、脳はその薬物に注意を向けることが生死に関わるほど重大だと誤解してしまう。
・薬物などへの興味が芽生え、手に入れようとするのは報酬中枢を流れるドーパミンのせいだが、どうしてもそれをやめられなくなるのは、脳の構造に変化が生じるため。
→いったん報酬が脳の注意を引くと、前頭前野はそのシナリオと感覚を詳しく記憶するように海馬に指示し、記憶され、習慣が作られる。
・依存症、とくに薬物依存の場合は、薬物を摂取するたびにドーパミンがシステムにあふれ、記憶を強化し、ほかの刺激では満足できなくなってしまう。
・この変化は薬物をやめた後も数ヶ月から、時には数年もそのまま残ることがある。
→依存症は再発しやすい。
・前頭前野は、危険と報酬を天秤にかけて、害をもたらすおそれのある行為をするかどうか決めている。
 依存症になると、前頭前野は間違った選択をするようになるのではなく、反射的な行動を止められなくなると言える。
・動物とヒトの研究から、コカインは前頭前野の神経を傷つけ、灰白質まで減らすことが分かっている。
 
●遺伝の影響
 
・1999年に行われた研究で、多くのアルコール依存症患者にはある遺伝子の変異(D2R2対立遺伝子)があり、そのせいで報酬中枢のドーパミン受容体が通常より少なく、ドーパミンレベルが低いことが分かった。
→報酬中枢が十分なインプットを受け入れられず、常に何かを渇望している。
・上記変異の保有率は全人口の25%だが、ある研究では、肝硬変を患っているアルコール依存症患者の70%がその保有者だと分かった。
・コカイン依存症者の調査では、半数がD2R2対立遺伝子を持っていた。そして、コカインに加えてほかの薬物の依存症でもある人は、80%がその遺伝子の保有者だった。
・上記と似たような結果が、ギャンブル依存症や病的な肥満の人にも見られた。
 
●依存症に対する運動の効果
 
・運動は、解毒剤としては脳内でトップダウンの方向で作用する。依存症者たちはその新たな刺激に慣れるにつれて、今までとは違う健康的なシナリオを学び、楽しめるようになる。
 コカインを吸ったときのような即時の快感は得られないが、運動をすればより広範な幸福感が少しずつ全身に広がり、長く続けるうちに、しないではいられなくなる。
・予防としては、ボトムアップの方向で作用する。脳のより原始的な部位を活動させ、薬物への欲求を鈍らせる。
・運動をすることでシナプスの迂回路が生まれ、薬物を求め続ける既存の回路を使わなくてすむようになる。
・規則正しい生活や運動は、脳を活発にし、薬物から気持ちをそらすことができる。そして、大脳基底核を再プログラミングして別の行動につながる回路を作る。
・体を動かしていると、自分は何かを成し遂げることができると思えるようになる。自分をコントロールできるという自信が生まれる。
 
○禁煙と運動
・運動をすると、タバコを吸いたいという衝動を抑えることができる。
それは、ドーパミンがスムーズに増えるのに加えて、タバコをやめようとする人が悩まされがちな不安や緊張、ストレスが抑えられるため。
・運動をすると、タバコへの渇望が50分間抑えられ、次に一服するまでの間隔が2~3倍に伸びる。
・ニコチンを断つと集中力が低下するが、運動には思考を鋭敏にする効果があるので、この面でも有効。
 
○依存症の治療と不安、うつ
・依存の対象を断つと、空虚な気分が残る。依存を断とうとしても、不安や絶望からその決意がくじけ、あきらめてしまう人も多い。
→依存症の治療は、不安障害やうつ病を治療するのに似ている。
・依存の対象を断つのは最初の一歩にすぎない。依存やネガティブな感情が消えたら、その変化が根付くように、心の隙間をプラスの行動で埋めなければならない。
・運動は不安やうつを緩和すると言われているので、依存症にも有効と言える。
 
※参考資料『ジョン J.レイティ(2009)脳を鍛えるには運動しかない 日本放送出版協会』

ランナーズハイ

・集中的なエクササイズの後に、単なる普通のリラクゼーションや安らぎといったものよりもはるかに深い至福感が短時間訪れることがある。
・厳密な調査によると、ランナーズハイというのはかなり稀な体験らしい。実は大半のスポーツ選手は一度もランナーズハイを経験していない。また、経験したことのある人でも、ときおりにすぎない。
 
○ランナーズハイの正体
・運動によりベータエンドルフィンの血中濃度が上がり、この影響だという説もあるが、ベータエンドルフィンは、血流と脳を隔てる脳関門をまったく通過できない、という問題がある。
・血液中のベータエンドルフィンがランナーズハイをもたらしているとしたら、脳関門を通過するメッセンジャーとなる何かほかの化学物質のレベルがベータエンドルフィンにより高まる、という形をとる必要がある。一方、脳内で合成され、脳関門を通過しなくても多幸感を生み出す別のタイプのエンドルフィンもある。
・エンドルフィン以外の脳内物質がランナーズハイを媒介している可能性もある。運動は、血中のエンドカンナビノイド(脳内に存在する天然の大麻様物質)の濃度を上げることも知られている。運動で血中のエンドカンナビノイド濃度が上昇するとき、おそらく脳内のエンドカンナビノイド濃度も同じように上昇しており、これがランナーズハイにつながっている可能性もある。
・エンドカンナビノイドとオピオイド(エンドルフィンとエンケファリンは合わせて内因性オピオイドと呼ばれる)は間接的にVTAのドーパミン・ニューロンを活性化させ、したがって内側前脳快感回路を刺激することが分かっている。
 
※参考資料『デイヴィッド・J.リンデン(2012)快感回路 河出書房新社』

 

・ランナーズハイは、予測のつきにくい現象なので研究が難しい。マラソンランナーでさえ、走るたびにランナーズハイになるわけではない。
・運動をするとエンドカンナビノイドが体と脳で作られる。
→血流で全身に送られ、脊髄の受容体を活性化させ、苦痛のシグナルが脳に届かないようにする。
→報酬系と前頭前野の隅々に行き渡り、ドーパミンに直接影響を及ぼす。
→エンドカンナビノイドの受容体が激しく活性化すると、マリファナと同じような陶酔感が生まれる。
 
※参考資料『ジョン J.レイティ(2009)脳を鍛えるには運動しかない 日本放送出版協会』

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